ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2650)

 残酷才能論

 以前、「就職するのは『逃げ』」という趣旨のことを言われた事がありました。

 これは図星でした。僕には才能と努力が足りなくて、就職せざるを得なかった。この事実は重く受け止めるべきだし、もう誤魔化すべきではないと思います。"才能ある者"への対抗戦略は、これを前提に考えなくてはなりません。

 僕は現在、現代東京を象徴する場所を探訪して、写真と文章にまとめるという作業をしています。この方法は、"ハズレ"が少なく、着実な蓄積が効きます。

 "探訪記"という手法を取る究極的な理由は、「僕には才能がないから」です。自嘲的になって恐縮ですが、僕は批評や分析だけで飯が食える程、頭が良くありません。

 ここで"頭が良い"というのは、何も偏差値70くらいのことを指しているわけでありません。偏差値70では、せいぜいクラスで一番になれるくらいの学力です。この程度の「頭の良さ」では、ウェブ上ではほとんど強みにはならない。

 才能とは残酷なもので、中途半端な持ち主が、最も苦しむことになります。

 1,000人中1位、10,000人中1位を取るくらいでないと、第三者に真面目に読んでもらうだけの批評や分析を書くのは正直、難しい。「クラスで一番」くらいではちょっと役不足です。

 ウェブサイトやブログの記事は、どうしても"一人勝ち"になりやすい。政治や経済や情報技術への批評ブログは何せ数が多く、地頭の良い人が次々と参入してくるので、「才能の潰し合い」になります。

 政治経済の批評ブログを始めようと思う人は「自分は池田信夫氏や内田樹氏より地頭が良いと思うか」と問うてみると良いでしょう。答えがNoなら、批評分野での有名ブログへの道は厳しい。厳しいけど、そんなものだと思います。

 自分が読者の側だったとして、果たして池田信夫氏や内田樹氏より頭の出来が悪い人の分析文を読みたいと思うでしょうか。厳しいけど、そういうものなのです。

 逆に「一次情報を足で稼ぐ」というのは、頭の良い人でやる人は少ないので、記事を差別化しやすい。

 また、僕は「仕事+勉強で一日16時間を確保する」と公言していますが、これも結局は「才能のなさを時間でカバーする」でしかありません。いや、実際はカバーできてないですけど、少しでも「差をつけられないため」の苦肉の策です。

 勘の良い人は既に気付いていると思いますが、これはあくまで"弱者の戦略"なのです。優秀な人間がすることではありません。

 山田宏哉記
 
 2010.8.1
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