ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2652)

 残酷職業論

 初めに断っておくと、「職業」と「仕事」は違う。

 職業の方が狭義で「生計を立てる手段」を差している。対して「仕事」とは「義務と課題の集積」のことで、生計を立てる手段とは限らない。

 さて、21世紀の日本に生きる我々は「職業選択の自由」を持っている。そして、職業に貴賎はない。

 ただし、これを額面通りに受け止める人はいない。

 僕たちには、職業選択の自由はないし、職業に貴賎はある。話はここから始める必要がある。

 ほとんどの人間は、自分が希望した職業に就くことはできない。

 人生は一度切りで、男にとっては仕事が人生の中心であるにもかかわらず、自分が希望した職業に就くことはできない。これほどの悲劇が他にあるだろうか。

 この一点を譲ったら、人生が"暇つぶし"になってしまう。ある種の人間には、そのことに耐えられない。

 もちろん、不本意ながらも就職し、企業で働き始めるうちに、仕事の面白さに目覚め、充実した会社生活を送れるようになることもある。むしろこれが多数派だ。このことは、尊い。そして、素晴らしいことだ。

 「一隅を照らす。それだけで充分じゃないか」。その通りだ。戦後の日本を支えてきたのは、こういう男たちだ。

 しかし、それでも尚、志した職業に就くことを諦められない男もいる。

 かつて私が従事していた武術の師匠も、大学卒業後、不本意ながら就職された。

 社会人になってからも、平日は毎朝4時に起きて武術の稽古、休日は1日中、武術の稽古をされたそうだ。読書のペースは1日1冊。

 このときの師匠の無念さ、武術で身を立てることができなかった不遇感は、今の私には痛い程わかる。

 「社会人になってからが本当の戦い」だと師匠は言っていた。

 その間、ほとんど睡眠時間をとっていなかったという。社会人として働き始め、勤務先を辞し、武術だけで身を立てられるまで、約8年の歳月がかかったそうだ。

 師匠のことを思い出す度に、僕もまた「社会人になってからが本当の戦い」だと呟く。学生の時は実感が伴わなかったけれども、今となっては至言だ。

 「不眠不休で8年」。自分の職業と折り合いをつける代償を思う時、師匠が辿った道が頭をよぎる。

 山田宏哉記
 
 2010.8.3
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