ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2653)

 残酷信仰論

 おそらく、「神が人間を作った」という物言いは、正しくありません。

 「人間が神を作った」と考えた方が納得がいきます。ではなぜ、人は神を必要としたのか。

 宗教が果たす最も重要な社会的機能は、貧者の不満のガス抜きをすることです。不遇な人、恵まれない人に「死後の極楽」を約束することで、彼らが現世で暴動を起こすことを防止するのです。

 神の威を借りた方が、人民を支配しやすいでしょう。日本においても、明治以降の天皇陛下の取巻きたちは、天皇の威を借りて政治を行ってきました。

 有名宗教の教祖たちが、自分を"神"の位置ではなく、あくまで"預言者"の位置に置いたのは、絶妙な政治的振る舞いでした。

 何も宗教団体の教祖になるのに必要なのは、自前の教義を用意することではなく、不幸な人間をかき集めることです。

 一般に、敬虔な信仰の持ち主や強い愛国心の持ち主は、社会的には不遇である場合が多い。これを利用しない手はありません。

 宗教の勧誘文句の定番が「あなたは今、幸せですか?」なのは、宗教が基本的には「不幸な人」をターゲットにしていることの証拠です。特に過激な宗教団体が信者として狙うのは、何よりも"不遇感"の強い若者になります。

 宗教団体が野宿者に食事を提供したりするのも、必ずしもただの善意というわけではありません。

 さらに言うならば、キリスト教が世界宗教になったのは、何も教義が優れていたからではなく、背後に強力な軍隊を持っていたからでしょう。宗教団体が自衛と信者拡大のために「武装」するのは宿命のようなもので、オウム真理教だけをカルト教団扱いするのは間違っています。

 宗教あるいは信仰というものは、元来、上記のような要素を持っています。これが信仰が持つ政治的な側面です。

 山田宏哉記
 
 2010.8.3
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