ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2662)

  圧倒的訴求力の「シャガール展」

 本日、東京藝術大学で行われている「シャガール展」に行ってきました。 正確には『シャガール−ロシア・アヴァンギャルドとの出会い』展です。

【写真】シャガール展の掲示と東京藝術大学正門。


 結論から言うと、大変な感銘を受けました。音声の解説があったことで「見どころ」もわかり、助かりました。

 さて、シャガールの絵画を観て何より感じたのは、「絵画という媒体で、ここまで人間の心象風景を描写することができるのか」という驚愕でした。

 「上手い」とか「綺麗」という凡庸な基準を超えた圧倒的な訴求力。絵を見て涙が出そうになったのは、これが初めてです。

 シャガールを前にすれば、写実主義の作品は無惨にも色褪せてしまう。本気で、そう感じました。

 (以上の感想をツイッターに投稿したところ、シャガール展の担当者の方にRTして頂き、ちょっとビックリしました)

 さて、ジョージ・オーウェルは、「なぜ、書くのか」の動機として"純然たるエゴイズム"を挙げています。 "純然たるエゴイズム"。実に素敵な言葉です。

 奇しくも、シャガールの作品と対峙することで、想起した言葉のひとつが"純然たるエゴイズム"でした。

 思うにシャガールは自意識が人一倍強い。傲慢だと言ってもいいだろう。

 しかし、その種の「人間的欠点」はすべて許される。才能が偉大であれば、全く問題ない。

 むしろ指弾されるべきは、謙虚で行儀良く立ち振舞って、ようやく評価してもらえる「芸術家」たちの方である。

 シャガールの"純然たるエゴイズム"を前に、そんなことを考えさせられました。

 観客が芸術作品を前にした時、本来は「食うか、食われるか」の真剣勝負なのだと思う。僕たちは、そのことを忘れていないだろうか。

 世間一般の常識、善良な市民の良識を、敢えて挑発し、愚弄し、戦いを挑む。その摩擦を引き受ける姿勢こそが、芸術作品の存在意義だろう。

 そして、僕もまた、前衛的な批評家たらん。そんなどうしようもない決意までさせられてしまったシャガール展なのでした。

 要は、それほど素晴らしい企画展だったということです。

 山田宏哉記



 2010.8.13
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