ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2665)

 波頭亮(著)『成熟日本への進路』覚書

 波頭亮(著)『成熟日本への進路 「成長論」から「分配論」へ』(ちくま新書)を読了しました。

 まず、言いたい。新書でありながら、ここまで明晰に「日本の国家ヴィジョンと戦略」を記述したのは驚異的です。まさに渾身の著作と言ってよいでしょう。著者の立場に賛成するにせよ、反対するにせよ、「必読の1冊」です。

 話題になっている本でもあるので、私としては他の人とは違う視点から、本書を紹介しておきたい。

 本書を書かれた動機は、「日本が成長フェーズから成熟フェーズに入った」ということに尽きます。その上で「あとがき」にて、著者の基本的な姿勢が述べられているので引用しましょう。

【引用開始】

今回、私が辿り着いた結論は[19年前に「新幸福論」を書いたときとは]全く違うもので、むしろ19年前とは逆である。個人というよりも社会を対象として考えるべきであり、重視すべきは明確な個性や強い指向性というよりも基本的な生活の安定である。

そして、自分自身のアイデンティティへ向かう内向的な意識のベクトルではなく他者や社会に向ける目線や気持ちが、現代の社会においては人々が幸せに生きていく上ではより重要に感じられたのだ。

19年の間に自分は個人主義リベラリストから穏健な社会論主義者へと変身していた。 (『成熟日本への進路』P262)

【引用終了】

 これは、波頭氏の人としての温かみと知的誠実さを感じさせる記述であると同時に、 もの凄い重みを持つ記述だと思う。

 僕自身は、一貫して"社会"よりも"個人"に重きを置く姿勢を取ってきたし、おそらく、それはこれからも変わることがない。

 但し、日本の将来として考えた時には、もっと個人よりも、社会に重きを置いた方が、人々が幸福に暮らすことができる、という指摘は、全くその通りだと僕は思う。

 これから日本人が生きる上で指針とするべきは、たぶん「強い個人」のような方向ではなく、「共生と助け合い」のような方向なのだろう。

 セーフティネットからこぼれて、生活に困窮している人たちに対して、「自己責任」とか「働かざる者、食うべからず」とか言って切り捨てるのは、やはり人間として大切な何かが欠落していると思う。

 沈みゆく船で取るべき態度は、「他人を蹴落として、自分だけが生き残る」という姿勢ではなく、「他人と協力して沈没を食い止める(遅らせる)」という姿勢だろう。

 市場経済の世界で、人としてどれだけ優しくあれるか。本書はそんな温かさが通奏低音として流れています。

   山田宏哉記



 2010.8.16
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