ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2669)

 2010年の鈴ヶ森刑場跡探訪記

 本日、東京・大森にある鈴ヶ森刑場跡地を探訪してきました。

【写真1、2、3】東京大森/鈴ヶ森刑場跡






 小学館の『日本大百科全書』では鈴ヶ森を以下のように説明しています。

 【引用開始】

 東京都品川区の南東端、南大井2丁目にある江戸時代の刑場跡。近くの大田区大森北にある磐井(いわい)神社の鈴石にちなんで一帯を鈴ヶ森とよぶようになった。東京湾岸の寂しい地で、刑場は1651年(慶安4)開設された。間口約70メートル、奥行約16メートルの敷地で、天一坊(てんいちぼう)、八百屋(やおや)お七、日本左衛門(にほんざえもん)など多くの人が処刑された。近くの大経寺に当時の台石が残っている。[沢田 清]

 【引用終了】


 「東京湾岸の寂しい地」というのは、確かにその通りで、地元民でもなかなか見つけにくい場所にあります。近くの歩道橋などからも見えないように、巧妙にカムフラージュされています。

 私も、知人に教えてもらって、初めてその存在を知りました。

 平凡社の「日本歴史地名体系」の「鈴ヶ森刑場跡」の頁の記述を要約すると、正確な数字は確定できないが、ここで数万〜20万人が処刑されたと言われてる。

【写真4】【写真5】処刑に使われた火炙台


 ちなみに、天一坊はみだりに浪人を集めたため、八百屋お七は放火未遂、日本左衛門は「有名な盗賊だから」、という”罪状"で死刑となっている。「みだりに人を集めた」とか「放火未遂」で死刑というのは、いくら何でもメチャクチャだろう。しかも、処刑方法は火炙だったりする。

 いやはや、江戸時代に生まれなくて良かった。

【写真6】鈴ヶ森刑場跡近隣の品川区民公園。自然が豊かである。


【写真6】鈴ヶ森刑場跡近隣の平和島競艇場。


 尚、鈴ヶ森刑場跡の近隣には、品川区民公園や平和島競艇場があり、それぞれ人を集めている。特に、品川区民公園内には品川水族館があり、週末は家族連れやカップルで賑わっている。

 東京の大森に住んで1年が過ぎたが、実はこちらも初めて見る光景だった。

 山田宏哉記



 2010.8.21
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