ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2672)

 劣等感と虚栄心、コインの裏表

 例えば、「頭が良い」ことと「頭が良いと思われたい」ことは、全くの別物です。むしろ両者は対立関係にあります。

 なぜなら、頭が悪い人ほど「頭がいいと思われたい」ものだからです。そして、「頭が良いと思われたい」が故に騙されるのが人間だからです。

 この例でいえば、知らないことは、素直に質問するのが一番です。「知ったかぶり」をしても、虚栄心が満たされるだけです。

 以上のように、劣等感と虚栄心は表裏一体となっています。

 シニカルなことを言いますが、おそらく、あなたが「自慢したいと思うもの」は、あなたの劣等感の裏返しです。「自慢したい」と思うこと自体が、精神が不安的であることの証明です。人間心理に敏感な人なら、簡単に見抜きます。

 だからこそ、自分の劣等感には自覚的でありたい。

 但し、「劣等感を自覚する」というのは、結構、きついことです。容姿、出身地、民族・人種のことなど、自分の努力ではどうにもならないこともあります。

 しかも、劣等感を克服しても、その先にあるのは、あくまで「そのことで悩まずに済む」とか「そんなことはどうでもいいと感じる」という境地です。

 ではなぜ、劣等感に自覚的であるべきなのか。それは主として処世的な理由からです。

 悪口を言われて激怒するのは、大抵、図星だからです。それでも、公的な場では地の感情を出し方を調節したいものです。本当の弱点は晒すものではありません。

 だからこそ、本当に傷ついたときはなるべく冷静になり、ちょっと気になることを言われた時には大袈裟に怒るくらいが、たぶん、ちょうどいい。

 そのためにも、予め自分で知っておくべきことがあります。自分は、どんな場面で、どんなことを言われたら、深く傷つくのか。予め想定していれば、パニックに陥ったりすることを防げるからです。

 そして、「本当の弱点は晒すべきではない」という観点に立つならば、公的な場面で、自慢したり、虚栄心を誇る際もまた、「地の感情」に一定の調節をするべきなのです。

 山田宏哉記

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 2010.8.24  記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ