ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2682)

 赤信号の向こう側/映画『ソラニン』覚書

 映画『ソラニン』を鑑賞しました。感想を一言で言うならば、「痛かった」。

 何も、自分を高みに置いて、「若者の考えは浅はかだ」とか「世の中は厳しさをわかっていない」とか、そんなことを言いたいわけではありません。個人的な感傷と混ざり合っての「痛さ」です。

 簡単に筋書を説明すると、フリーターの種田と社会人2年目の芽衣子の恋物語です。

 物語の途中、種田が、オートバイに乗って、「俺は幸せだ」と自分に言い聞かせようとするシーンがあります。客観的に観ても、たぶん幸せと呼べる状況です。しかし、「本当に?」という心の声が付きまとってくる。

 不意に種田は、号泣し始めます。視界は遮断され、それでもアクセルを踏み込んで、赤信号の交差点に突っ込んでいきます。そして、種田は事故死します。

 事故死というより、自殺に近いものでした。

 学生時代、僕も自分の将来が見えなくて、「漠然とした不安」を抱えていました。その感触は、この映画で表現されている空気と非常に似ていたと思います。

 それは"日常の閉塞感"とでも呼ぶべきものです。

 そんな中、「ギターを手にしたら、世界が変わった」という感触は、多くの若い男性が経験すると思います。但し、それはあくまで、青春時代の麻疹のようなものかもしれません。

 時々、風邪をこじらせて、人生を棒に振る人もいます。「それでもいいじゃないか」と言いたい一方で、目の前の生活のことを考えると、そんな態度も取れない。

 少なくとも僕自身は、赤信号を無視してまで、「あちら側」に行くことはできなかった。それは今でも、僕の中にシコリとして残っています。

 「そんな生き方はできない」と思いつつも、僕も種田のような生き方あるいは死に方をやはり羨ましいと思います。


 山田宏哉記



 2010.9.2
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