ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2685)

 横須賀基地周辺のトラブル事情

 日本において、米兵が基地外で重犯罪を犯せば、重大なニュースとして世間の注目を集める。そして時には、外交問題に発展する。

 例えば、横須賀基地の周辺で起きた重大事件は、2008年3月の水兵によるタクシー運転手の殺害事件や、2006年1月に起きた会社員の強盗殺人事件がる。

 ただし、トラブルの大半は、もっと些細なことである。それこそ"日常茶飯事"であり、ほとんど注目されることもない。しかし、本当に大変なのは、日々の生活の中での、"小さな諍い"の方である。

 このことは横須賀の基地周辺にも当てはまる。「朝日新聞」2010年06月11日付の記事(「(基地のとなりで 安保50年:1)事故・犯罪、生活に不安」)では、以下のような事例を紹介している。

 【引用開始】

 所有するマンションを米軍人に貸していた2002年7月、別の米兵がその部屋で放火事件を起こした。部屋の改修に9百万円かかり、消火作業で他の住人にも被害が及んだ。

 追い打ちを掛けたのが国の対応だった。米兵は軍法会議で有罪となったが、男性には名前すら知らされない。その上、03年末に男性が提出した損害賠償請求書は横浜防衛施設局(当時)で留め置かれた。

 「どうなっているのか」と毎年のように電話で確かめた。結局、米側に請求内容の報告書が送られたのは6年以上たった今年3月だった。

 この間、国からの説明はなかった。「どうしてこんな無責任なことができるのか、怒りを通り越して不思議なくらいだ」。求める金額の補償がなければ裁判も辞さない。「既に長い時間がかかった。納得するまでとことんやる」

 米軍の友人もいる。北朝鮮や中国を念頭に「在日米軍は必要」とも思う。だが、国が被害補償に親身にならないと分かると、基地への心情は確実に変わった。米軍人の入居希望があろうと「二度とかかわりたくない。もう貸さない」と決めた。(「朝日新聞」2010年06月11日付)

 【引用終了】


 また、上記の記事では、米陸軍キャンプ座間では、基地のゴルフ場からボールが飛び出して、近所の小中学校や公園に振ってきたり、厚木基地周辺では、米軍の戦闘攻撃機の部品が毎年のように落下して、民家を損傷させることもあるという事例を伝えている。

 地元住民が「慣れっこ」になってしまっているという事情を差し引いても、これはこれで大変なことである。

 米軍としても、地元に配慮し、特に「犯罪防止」の施策には力を入れているようではある。例えば、「朝日新聞」2010年08月15日付の横浜・地方面には、「米軍、犯罪防止に躍起」と題する記事が掲載されている。

 【引用開始】

 在日米海軍が犯罪防止のための「CAREプログラム」を始めたのは2年前。08年3月19日、横須賀市内でタクシー運転手が水兵に刺殺された。原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀配備を控え、事態を重く見た米海軍が水兵ら全員対象の教育プログラムを作った。

 「すべてを失った」「4年も刑務所に入れられた」。米海軍犯罪捜査局は薬物を使用した米兵らが後悔の念を次々に語るビデオを流した。スクリーンに刑が確定した米兵が服役する横須賀刑務支所が大写しになると、顔をしかめる人もいた。

   米軍普天間基地の移設問題で日米関係がギクシャクする中、米側は日本国内での米兵らの犯罪に神経をとがらせる。対米感情の悪化が在日米軍の安定運用に影響する恐れがあるからだ。そもそも普天間返還も、95年に沖縄で起きた米兵による少女暴行事件が発端だった。「心ない米兵の判断が同盟に重大な影響を与える。次の凶悪犯罪を許容できない」(ヴィダウリー氏)(「朝日新聞」2010年08月15日付)

 【引用終了】


 海兵隊ほどではないにしても、"軍隊に志願する人"というのは、やはり荒くれ者である確率が高い。"潜在的な犯罪者"が紛れ込むのを防ぐのは、非常に難しいことのように思える。

 【引用開始】

 米軍人と一口にいっても、国際経験の豊かな将校から、初の海外赴任で電車に一度も乗ったことのない若者まで千差万別。基地の外に出るのが怖くて数年間ほとんど基地から出ないまま帰国する人もいるという。県内だけで2万7千人を超える米兵らの管理教育の難しさは、この多様性にある。

 「問題を起こす水兵はごく少数。大多数は日本のことを大切に思っている。犯罪が起きれば私たちも心を痛めていることを理解してほしい」。横須賀で通算11年勤務し、[2010年]6月まで同基地司令官だったダニエル・ウィード大佐は、退任前にそう語った。(「朝日新聞」2010年08月15日付)

 【引用終了】


 神奈川県は、沖縄に次ぐ「第二の基地県」とも言われている。

 神奈川の米軍人・軍属、家族の居住数は、約28,000人で、そのうち約6,000が基地の外で暮らしているとされる(09年3月末現在,「朝日新聞」2010年06月11日付参照)。

 但し、神奈川県の公式見解では、「第二の基地県」と呼ばれるのは、面積や人数ではなく、「戦略面で重要な基地が集まっている」という意味において、とのことだ。

 いずれにせよ、これだけの数の人間が集まれば、当然、それなりにトラブルも発生することになる。

 横須賀市は、基地があることによる"経済効果"が大きい。「反米愛国」では飯が食えない。そして、"基地の街"というのは、横須賀のアイデンティティの一部ですらある。

 当面の間は、色々なことに眼をつぶりつつ、何とか切り盛りするのが現実的なのだろう。


 山田宏哉記



 2010.9.5
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