ジョン・スミスへの手紙
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 NHKスペシャル「堕ちた特捜検察」覚書

 NHKスペシャル「堕ちた特捜検察 エリート検事 逮捕の衝撃」(9/26日放送)を視聴しました。NHKが取材した映像部分、特に前田恒彦の来歴部分の情報密度が高かったので、以下簡潔にまとめておきます。

 前田恒彦検事の広島大学法学部時代の担当教官の証言として「まじめで明るくて温厚でしかもしっかりしている。権力の不正に対する反応、そういうものに対してとにかく厳しい」と紹介されていた。

 1993年、前田検事は司法試験に合格し、念願の検事になる。被告の供述を取る「割り屋」としての能力が高く評価され、頭角を表す。

 当時の上司の証言として「『あの容疑者はこういう供述をするはずだ』と言うと前田は必ず予想した通りの調書をとってくる。優秀だとしか言いようがない」というものが紹介されていた。検事になりたての頃から、かなり"危ない橋"を渡っていたと予想される。

 旧来、検察の捜査は、国民の支持を得られていたが、佐藤優氏や堀江貴文氏の逮捕の頃から、時代の風潮が変わる。佐藤優氏は『国家の罠』で検察の捜査を「国策捜査」だと指摘。検察の捜査手法を批判する出版が相次いだ。

 実はこれが特捜検察に強いプレッシャーを与えていた。

 2006年、前田検事は東京地検特捜部に異動。次々に重要事件を手がけるなか、前田検事の捜査手法が問題になる。2007年の朝鮮総連のビル売却を巡る詐欺事件で「容疑を認めれば保釈され、拘置所から出られる」と迫る。いわば「保釈」を餌に、「調書作りに協力しろ」という手法。

 朝鮮総連ビル売却詐欺事件で、結局、被告は有罪になったが、判決文で「(前田検事の証言は)不合理で到底信用できない」という異例の指摘を受ける。しかし、検察内部では大きな問題にはならなかった。

 2008年、詐欺罪に問われた小室哲哉氏。取調べを担当したのは前田検事だった。小室氏は「騙すつもりはなかった」としているが、わずか1日で容疑を認めることになる。

 小室氏は後の著作『罪と音楽』で前田検事の取調べの巧みさを書いている。「小太りの主任検事さんは、高圧的なところが全くなく、紳士的な人だった。「I BELIEVE」は名曲だと言ってくれた。強張っていた気持ちがほぐれたのは確かだ」。

 以下、私の所感ですが、前田検事の来歴を振り返ると、今回の事件も「起こるべくして起きた」と言えるでしょう。

 "強い正義感"が仇になった。おそらく前田検事には「目的(「悪人の逮捕」と「自分自身の出世」)のためなら、手段は正当化される」という思いがあったのでしょう。

 前田検事は、「まずストーリーありき」の捜査手法で、多くの人の社会的生命を奪ってきました。しかし因果応報、それが裏目に出て、」今度は自分自身の社会的生命を失うことになったのです。

 山田宏哉記

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 2010.9.27  記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ