ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2708)

 なぜ、男は「昔は不良だった」と自慢するのか

 女性があまり理解できないであろう男同士の話題に、「昔のケンカ自慢」があります。特に今の中高年男性は、この手の話をしやすい。「昔は不良だった」という話題も同系統です。

 これらは「夢の話」と同じで、本当に起きたかどうかは定かではありません。少なくとも、事実は誇張されているでしょう。

 多数派の女性は、こんな自慢話をされても、敬意を示すべきポイントがわからなくて、「はぁ?」という反応だと思います。

 男性でも半数くらいは、「この人は、そんな恥ずかしい過去を晒して、一体何を自慢したいのだろう」と思うでしょう。

 僕自身は、一応、どちらの感覚も理解できるので、わかりやすく"翻訳"しておこうと思います。

 まず、これは動物的な本能です。男社会の裏ルールでは、「喧嘩に強い」ことがすなわち「偉い」。理性ではバカバカしいと思いつつも、なかなか捨て去るのは難しい感覚なのです。

 なぜ、動物的な本能なのか。それは人間以外の動物を観察すれば、自ずと明らかでしょう。

 大雑把に言うと、人間以外の動物は、単純に雄同士が決闘して、雌が強い方を選ぶというシステムになっています。簡単に言えば、その名残です。

 ところが人間の場合、学力や経済力、「思いやり」といった腕力以外の"不純物"が重要になってきます。単に喧嘩に強いだけの男は女性からみて魅力がない。

 男が「昔は不良だった」と自慢するのは、要するに「攻撃的な野性」の持ち主だとアピールしたいのでしょう(但し、そういう男性に魅力を感じる女性も一定の割合でいるので、話は厄介です)。

 「それでも」と、若い男性に対して付け加えておきたいことがあります。

 現代社会を生きる上で、男が武術の道場や格闘技のジムで鍛錬を積むのは、決して無駄ではありません。「いざという時」に自分や大切な人を守れるという自信は、あった方がいいものです。

 日本には徴兵制がないので、男は若い頃、何か武術か格闘技を嗜み、「闘争経験」を積んだ方が望ましいでしょう。

 大半の男性は、そこで「自分の限界」を感じ、「挫折」することになるでしょう。格闘で倒されて負けたら、誰の目にも優劣は明らかで、言い訳はできません。

 何でも曖昧にしてしまうこの社会で、「ハッキリと白黒をつける」とか「自分の負けを認める」という姿勢は、本来、生きる上で大いに役に立つはずなのです。
 
 山田宏哉記



 2010.10.4
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