ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2737)

 切れる知財戦略/『インビジブル・エッジ』覚書

 マーク・ブラキシル,ラルフ・エッカート(著)『インビジブル・エッジ』(文藝春秋)を読了しました。世界的な知財ストトテジストが書いた書籍で、従来の"知財"の概念を一新させる尖った内容になっています。

 "インビジブル・エッジ"とは、"見えない刃"あるいは"競争優位"を意味しています。

 本書の姿勢を簡単に言えば、従来、必ずしも重要とは考えられてこなかった知財を「経営戦略の中核に据えるべきだ」ということになります。

 知財の歴史、特許訴訟ビジネス、企業の知財戦略のケーススタディ、国家・市場と知財の緊張関係など、多角的に知財を理解できるようになっています。しかも内容は非常に熱い。

 なぜ、知財が重要なのか。一言で言えば「現代のほとんどの産業では、誰かの知的財産権を侵害しない限り、競争力のある製品を作ることはまず不可能である」(本書P331)からだと言えるでしょう。

 だからこそ、自社及び他社の知財に対してどう処していくかが、経営戦略として重要になるわけです。

 以下、日本企業にとっても関係の深い一説を引用します。

 [引用開始]

 1950〜80年代に日本企業は3万5000件以上のライセンス契約を外国企業と結ぶ。その大半がアメリカ企業であり、FTC[連邦取引委員会]と司法省から出された同意判決によって、無償あるいは低率のライセンス料で特許が使用許諾された。

 したがって「日本経済の奇跡」は、アメリカから輸入された技術によるところが大きい。日本企業もそのことをよくわかっていた。(P311)

 [引用終了]


 日本の高度経済成長を支えたのは、「アメリカから無料あるいは格安で特許技術が流入したからだ」という指摘です。

 結果的に、こうして力をつけた日本の製造量は、アメリカに輸出攻勢をかけ、アメリカの産業の衰退を招きました。本書の立場では、これは「知財の保護が不十分だった」という"失敗例"になります。

 そして、1950〜80年代のアメリカと日本の関係は、今日の先進国と新興国の関係の相似形でもあります。

 日本は、かつて自分がやってきたことを、やり返されている。ではどうすればいいのか。その答えもまた「知財」にあります。

 [引用開始]

 知財を有効活用すれば、企業は国内市場に非関税障壁を築くことも、新たな輸出市場を開拓することも可能だ。このところ先進国では、製造業が中国に奪われるといった記事が毎日のように新聞紙上を賑わせている。

政治家も新聞記者も、製造業が他国に移転したら、いまの生活水準が維持できなくなると心配しているらしい。だが彼らは、自国の豊かな知財ポートフォリオが世界で最も重要な技術の大半をカバーしていることを忘れている。これは潤沢な外貨準備ならぬ「知財準備」であり、賢く運用されるなら確実に利益の源泉になるはずだ。(P326)

 [引用終了]


 つまり、知財を活用すれば、低い人件費と高い生産性の「チャイナ・プライス」に対抗することができる。

 現在、先進国と新興国の間には、埋めがたい"知財格差"が存在します。それは、以下の一節からも明らかでしょう。

 [引用開始]

 発展途上国企業が自前の技術を持たないことの悲哀を身に染みて感じるのは、このときだ。あっと気づいたときには、知的財産権訴訟の被告席に立たされている。税関で押収され、あるいは裁判所に訴えられて、重要なターゲット市場(例えばアメリカや日本)から締め出されてしまうこともある。

それがいやなら、結構な額のライセンス料を払わなければならない。でなければ、先進国企業の生産請け負いに甘んじるしかない。この場合、製造の大半は自分たちがやるのに、利益の大半はあちらの懐に入ることになる。(P331)

 [引用終了]


 あまり綺麗な戦略とは言えませんが、先進国が新興国と競争する際は、このような構造を最大限に活用するのが、合理的だとは言えます。

 つまり、コストで勝負するのをやめて、知財で勝負する。手持ちの知財でライセンス料収入を得る方が効率的ならば、必ずしも商品を作る必要すらない。

 『インビジブル・エッジ』。まさに驚くべき書籍だと言えます。

山田宏哉記

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 2010.11.3 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ