ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2745)

 2010年の横浜 エドガー・ドガ展観賞記

 昨日(2010年11月6日)、横浜美術館にてエドガー・ドガ展を鑑賞してきました。ありがたいことに、初老の夫婦から余った招待券を頂いくことができました。

【写真】横浜美術館

 エドガー・ドガ(1834〜1917)は印象派の画家とされ、「踊子」を描いた画家として知られています。

 絵画作品そのものに対して、色々と抱く感触はありました。もっとも、それ以上に気になったのは、ドガが写真に対して並々ならぬ関心を抱いていた点です。

 ドガが師と仰ぐドミニコ・アングル(1780〜1867)もまた、写真について、「『画家の生活を脅かす』として、フランス政府に禁止するよう抗議した」(ウィキペディアより)とされています。

 写真が発明されたのは、1827年とされています。そして、写真の発明により、多くの画家が失業したようです。

 私の見解では、ドガを含めて、「印象派」の画家は、「写真発明以後」の作家であることに注目する必要があります。

 写実主義では写真に勝てない。「主題」を前面に出す印象派は、おそらく「写真に対する抵抗運動」の意味を持っていたのです。

 芸術とは別次元の話として、おそらく写真登場以前の絵画は、見たものをなるべくありのままに描くことが良しとされていたはずです。目にする光景の記録方法が人の手による模写しかなかったからです。

 その感覚は現代にも受け継がれていて、子供は上手な絵をみると「写真みたい」と"賞賛"します。本来、優れた絵画に対して「写真みたい」と形容することは、"侮辱"であるはずにもかかわらず、です。

 写真登場以後、写実的な絵画は「出来損ないの写真」の座に転落することになったことでしょう。

 なぜ、印象派さらには抽象絵画が画家たちの支持を集めるようになったのか。その理由は、おそらく写真の存在を抜きに語ることはできないでしょう。

 ある技術の発明が、それまでの職人技を無価値にしてしまうことがあります。

 画家にとって写真の発明は、まさにそのような存在でした。写真が、画家にとって自らの存在意義を切り崩す存在であったことは確実です。

 写真登場以後、画家は自らの作品を創作するにあたって「写真とどう差別化するか」を本気で考えざるを得なくなったはずです。そして、その変化に適応できた画家が生き残ったのでしょう。

 では、写真を超える絵画とはどのようなものなのか。

 ドガの描いた作品を観ながら感じたのは、「確かにこれは、ひとつの答えだ」ということです。

 山田宏哉記

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 2010.11.7 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ