ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2748)

 「日報」の思ひ出

 「日報」という言葉で、ふと3年前のことを思い出しました。

 当時、僕はある出版社で編集アルバイトをしていました。そして毎日、日報を書いていました。それが従業員全員の義務でした。

 書く内容と言えば大抵、「9:00〜10:00 原稿打ち込み」といった具体的業務内容と「もっと気合を入れて仕事をしようと思った」といった精神論の二部構成でした。

 日報は毎日、ワンマン社長がチェックして、コメントを入れていました。ついでにいうと、単なるワンマン企業ではなく、ナンバー2が社長の奥さん、ナンバー3が社長の息子という有様でした。

 ある意味、最初から色々なものを諦めなければならない環境です。

 私見では、日報を要求する企業や上司は、社員や部下に「忠誠心」を求めている場合が多いと思います。

 日報が義務のその出版社では、毎月の給与は社長からの手渡しでした。

 今思えば、この出版社の従業員たちは、みんな嫌そうに仕事をしていました。そして嫌々、日報を書いていました。

 日報を要求する企業に限って、日報を書く時間は時間外勤務時間に含まれない場合が多いと思います。この出版社では、日報を書く時間どころから、残業代そのものが支払われていなかったはずです。

 この出版社で編集アルバイトを始めた日、僕は「主任」に昼食をおごってもらいました。その時「病気になる寸前まで働く必要がある」という話をされて唖然としたものです。

 ナンバー3までを同族で固められ、サービス残業し放題の出版社で、どうやってモチベーションを維持していたのだろう、と思います。「良い本を作っている」という自負だけでやっていたはずです。

 本来、「好きなことを仕事にできるなら、労働条件は悪くても構わない」と思う若者の気持ちは尊いものです。しかし、経営側が「好きなことをやっているのだから、労働条件は悪くても構わない」と考えると大変なことになります。

 日報のせいではないと思いますが、よく社員が病気になる会社でした。営業担当者は、過労で何度も肺炎を発症していました。

 「日報」という言葉を聞くと、本来の意味を超えて、そんな記憶が立ち上がってきます。

 山田宏哉記



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 2010.11.9 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ