ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2754)

 佐々木俊尚(著)『電子書籍の衝撃』覚書

 佐々木俊尚(著)『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー21)を読了しました。

 重要な論点が色々とあって、整理するのが難しいのですが、とにかく考えさせられるところが多かったです。無理やり一言で言えば「音楽業界で起きたことが、出版業界でも起きる」という論旨ですが、このテーマに興味がある人は是非、直接読んで下さい。

 僕が佐々木氏に同意する重要な論点として、「活字離れは起きていない」という論旨があります。

 佐々木氏の主張を要約すれば「出版不況の原因は、出版業界の流通構造にある。出版社が自転車操業で次々と新刊本を出すため、街の書店では質の低い自己啓発本ばかりが並ぶという惨状を呈している」という話です。

 従来の流通構造では、音楽で言えば「新譜」、書籍で言えば「新刊」は、版元が集中的にプロモートするため、特権的な地位を持っていた。でも、それは必ずしもリスナーや読者が求めるものではありません。

 本に関して言えば、読む価値のある本の大半は、新刊本よりも、既刊本の中にあります。

 僕も、最近の若い人たちは、むしろ活字をよく読んでいると思います。ウェブの情報は、大半がテキストで書かれているし、情報収集は活字ベースで行った方が効率が良いものです。

 おそらく将来的には、紙の本も電子書籍も、雑誌も、ウェブサイトもブログも、媒体の枠を超えて、読者獲得のためのバーリ・トゥード(何でもありの戦い)が展開されることになるでしょう。

 僕自身の主要な関心を述べるなら、このような時代に、いかにして情報のディストリビューター(配信者)としてサバイヴしていくべきか、ということになります。

 その答えは、奇しくも先日読んだ塩野七生(著)『日本人へ リーダー篇』(文春新書)の中に含まれていました。すなわち、以下の3点です。

[引用開始]

1.もはや情報の伝達速度で勝負する時代ではなくなったのだから、勝負の武器を他に求める必要は不可欠であり、それもしないで嘆いているのは、知的怠慢以外の何物でもない。(P199)

2.そして、テレビやネットの時代で勝負するための「武器」とは、事後でも読むに堪え、情報はすでに知っていても読みたいと思わせ、それでいて読んだ後に満足を与えられるもの(中略)を書いたり言ったりする能力でしかない。(P199)

3.出版の世界での勝負を決めるのは文章に対する感覚の冴えであり、言い換えれば、書く対象に適した文体をモノにできるか否かにかかっている、ということだろう。(P105〜P106)

[引用終了]


 この一節を読んだ時、「まさにその通り!」と感じたものです。

 乱暴に言ってしまえば、「文章に対する感覚の冴え」があり、「事後でも読むに堪える記述」ができれば、日々の記事を、後からでも読む価値のあるバックナンバーとして蓄積することができる。

 もっとも僕自身は、本能的にこのような手法を取ってきたわけですが、塩野さんの記述で、この戦略に自信を持つことができました。

 そして、次々と新技術が開発され、目まぐるしくプラットフォームを巡る競争がなされる時代に書くべきこととは、案外、「人間の感情や社会の基本的な構造は、昔から変わっていない」ということなのかもしれません。

 尚、余禄となりますが、僕は『電子書籍の衝撃』で「ケータイ小説」への認識を改めました。

 佐々木氏の指摘によれば、「ケータイ小説」の核心には、細部のリアリティへの共感と、読者の「願い」の反映があるようです。そして、「ケータイ小説」の読者は、どうやら「地方で暮らし、将来に希望を持てない女子たち」のようなのです。

 山田宏哉記

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 2010.11.12 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ