ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2765)

 "わかりやすい話"をするための情報遮断

 サイエンスアゴラ2010で中西貴之氏が質疑応答の際に仰られた「(リスナーに)伝わらないであろう情報はカットする」と発言を反芻しています。

 まず何より、公の場でこのような貴重なノウハウを話された中西氏に感謝したいと思います。

 考えてみれば、「相手に伝わらないであろう情報はカットする」というのは、僕も日常的にやっていることです。例えば、ビジネスの現場で、プラスαの参考情報を提供する相手は、慎重に選んでいます。

 相手の情報処理能力を超える情報を提供しても、感謝されるどころか、逆恨みされるのが世の常です。

 わかりやすい例を言えば、ウェブサイトに書く記事の情報量とメールに書く情報量には、差をつけるべきです。

 メールは強制的に相手に読むことを要求します。だから、情報量は抑えた方が望ましい。

 逆にウェブサイトに書く記事は、読み手が自発的に読みに来るものです。だから、メールとは逆に、情報量満載で深い話を書いた方がむしろ好まれます。

 「相手のレベルに合わせて話す」というのは傲慢な言い方です。暗黙のうちに、自分のレベルが相手よりも高いことを前提にしているからです。

 それでも、相手の知的レベルが明らかに自分よりも低いの場合は、「相手のレベルに合わせて話す」ことが必要だと思います。

 以上のような事情を踏まえた上で、何が言えるかを考えてみます。

 もし誰もが「相手に伝わらないであろう情報はカットする」という行動様式に従っているとすれば、予備知識の少ない人には、重要な情報が入らないことになります。「言っても仕方がないから」です。

 ですので、予備知識の少ない人が「あの人の話はわかりやすい!」と言う場合、単に複雑で重要な情報が省略されて伝えられているだけではないでしょうか。これは相当に恐い話です。

 ですので、自分が聴いている話があまりに「わかりやすい」場合、「何か重要な情報が省略されているのではないか」と疑う視点が必要だと思います。

 例えば、「人を殺してはいけない」のは原則です。但し、現実には安楽死、正当防衛、自殺幇助、人工中絶、戦場での戦闘、死刑など判断するのが微妙なグレイゾーンが存在します。

 世界はあまりに複雑で、未来は予測不可能です。「ポジティブ・シンキングだけでうまくいく!」わけがありません。何かひとつの特効薬だけで物事がうまくいくと考える方が間違っているのです。

 兎にも角にも、「わかりやすい話」が過剰な時代です。「善か、悪か」「勝ちか、負けか」「敵か、味方か」。

 話がわかりやすくなればなる程、重要な情報が省略されるものです。それは仕方がない面もありますが、せめてそのことに自覚的にありたいものです。

 山田宏哉記

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 2010.11.20 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ