ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2777)

 プロフェッショナル仕事の流儀「絵画修復家・岩井希久子」覚書

 NHKプロフェッショナル仕事の流儀「絵画修復家・岩井希久子」(11月22日放送)を視聴しました。その覚書は以下の通りです。

 岩井希久子。都心から一時間ほどの職場。女性ばかり9人で、絵画から彫刻まで、その修復作業を請け負っている。

 絵画は劣化する。気温や湿度の変化、あるいは移動によって。染みがついたり、絵具が剥がれて落ちたりする。

 補彩(ほさい)という技術がある。剥落した箇所に色を補い、元のイメージを回復させる。修復の作業では、オリジナルの絵具の上に、新たな絵具を乗せては絶対にいけない。
 岩井の補彩技術は海外からも評価が高い。ゴッホの「ひまわり」、モネの「睡蓮」の修復も手掛けている。岩井は「画家の心を再現する」ように心掛けている。

 とはいえ、絵画の修復と破壊は、背中合わせである。曰く「自分が手を加えることによって、変な絵になっちゃったら責任重大。世界の遺産なので、本当に怖い」

 岩井が使う仕事道具としては、まずは倍率2倍の拡大鏡。曰く「視野が限られるので、見るところに集中できる」。

 また、絵の上の付着物をはがす時に使うのが医療用のメス。刃が極めて薄いので、微細な付着物を正確に切り取ることができる。

 さらに、岩井さんが世界に先駆けて考案したのが、低炭素密閉保存システム。酸化を防ぎ、絵画のアンチエイジングを可能にした。

 岩井さんの元に持ち込まれた山下清の貼り絵の大作「お蝶夫人屋敷」(1964)。絵は極めて危険な状態になっていた。「すごく重傷です。(色紙が)浮き上がっています」。色の劣化が激しい。

 貼り絵が貼られた薄い板。ベニヤだった。岩井さんは思わず「ショック。あぁ、大変だ」と声を上げる。

 ベニヤ板には酸性の成分が含まれる。それが裏から染み出し、劣化を進行させていた。貼り絵をベニヤ板から剥がすという大手術が必要だった。

 しかし、紙が薄い。このままでは劣化が進み、見る影もなくなる。修復に踏み出せば、作業の途中で絵が破れ、致命的なダメージを与えるかもしれない。

 岩井は決断する。やる。

 曰く「(画家は)命を賭けて描いていると思うので、ある意味。だからいつの段階か、誰かが何かをしないとけいないとしたら、あえて自分が責任を取ってやった方がいいという感じもする」

 その方法は、「背面からベニヤ板部分を彫刻刀で削り取り、別の土台に張り替える」という途方もない時間がかかるものだった。

 岩井曰く「(絵画修復家を何かに例えるとしたら)お母さんかもね。すごい愛情持ってるわけじゃないですか。それイコールすごい責任がありますよね。ちゃんと育てないといけないとか。それと同じだと思うんです。」

 続けて曰く「うちに来た病気の絵は、私しか修復してあげられない。私が全ての責任を100%持ってやらないといけないと思う。それイコール愛情だと私は思っている」

 子供の頃、岩井さんは画家になることを志した。しかし、東京藝術大学を受験して、2度失敗。何とか絵に携われる仕事を探したところ、辿り着いたのが絵画修復師の仕事だった。

 短大を卒業後、東京の工房に就職。傷付いた絵が自分の手で治るのが嬉しくて、仕事にのめり込んだ。曰く「自分に自信を持てることが、何一つなかった。でもそういう中で自分がちゃんとできるという単純な嬉しさ。」。

 22歳の時、結婚。夫の留学に付き添っていったイギリスで、絵画修復の最新技術を学んだ。

 29歳で帰国、まもなくフリーの修復家として働き始めた。「結果がすべての世界」で岩井さんは懸命に働いた。「イギリス仕込みの仕事は丁寧だ」と次第に評判になった。

 しかし、どこに行っても「家庭を持っている女性に責任の重い仕事ができるのか」「腰かけ仕事ではないのか」という疑いの目が見られた。その偏見を吹き飛ばそうと、岩井さんはガムシャラに働いた。同時に画家に打ち込む夫のために家事を全て引き受けた。

「プレッシャーの中でどんどん仕事していったので、その時期は毎晩、歯が抜ける夢見てましたね」

 1人目の娘が生まれても、岩井さんはやり方を変えなかった。出張先にも連れていき、作業の合間に母乳を与えた。

 6年後、腹部に異変を感じた岩井さんは、病院に駆け込む。身ごもっていた双子のうち、ひとりを流産。次女出産後、

 43歳の時、ひとつの決心をする。「完璧を求めるのは、やめよう」。家事が全てできなくても、仕方がない。娘たちと過ごす時間が限られても仕方がない。その分、仕事に打ち込んだ。

 その娘たちも今では立派に育ち、長女もまた絵画修復師を志し、次女も美術関係に進むことを希望している。

 岩井さん曰く「自分の仕事に対して強い愛情と責任がないとプロとは言えない」。そして問いかける「作品はどうしてほしいのか」と。

 山田宏哉記

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 2010.11.26 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ