ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2778)

 今更の3D映像論

 東芝科学館のミニシアターで3Dの映像を鑑賞してきました。ダイビングをして、海の魚を撮影した番組です。専用の眼鏡をかけて見ました。

 結論から言うと、これがちょっと衝撃的な体験でした。確かにスクリーンに映し出された魚が「立体的」に見えました。眼鏡を外して裸眼で確認すると、画面は"二重映し"といった感じでぼやけていました。

 言うまでもなく、3D映像は映画『アバター』で一躍脚光を浴びましたが、捻くれ者の僕は例によって『アバター』も観ていません。ただ、情報として3D映像技術に賛否両論があることは承知していました。

 3D映像の詳しい技術的な解説は僕にはできませんが、これは要するに"眼の錯覚"を利用した技術です。

 そして僕は、この技術は「あり」だと思いました。面白い経験なので、まだ未体験の人は一度、体験してみると良いと思います。

 もっとも、スクリーンまでの距離感覚が狂ったりするので、人によっては「気持ち悪い」とか「眼が非常に疲れる」と感じることもあるかと思います。それもまた貴重な経験です。

 映像技術として3Dがエキサイティングであることはわかりました。

 但し、3Dの映像技術を「作品」と関連付けて考えると、一気にややこしくなってきます。

 例えば映画を鑑賞するのに、登場人物が「立体的」である必然性はあるのでしょうか。アクション映画の迫力は増すような気はするが、昔の白黒フィルムが3D化したら、違和感満点でしょう。

 僕自身、映画館でアクション映画を鑑賞する時は、「3Dでもいいかもしれないな」くらいの感覚です。

 自宅で見る映像に関しては、「3Dで見たい」とは思わない。NHKオンデマンドも、解像度は「低」から「中」で見ていますが、これで特に支障はありません。、

 もっとも、クリエイターの側が3Dを意識して映像作品を作るようになったら、僕たちは否応無しにそれに巻き込まれることになります。

 例えば、これまで以上にカメラに向かってモノを投げるようなシーンが増えるような気がします。

 「技術に適した演出方法」というのは確かにあって、それがコンテンツの中身そのものを変えていく。おそらくそれは避けられないことでしょう。

 ちなみに、3D映像でコンテンツそのものが大きく書き換わるのが、「成人向け映像」の世界だと思います。3D化に伴い、女優(?)が視聴者を挑発するようなシーンが増えることは間違いありません。

 ビデオデッキ普及の背景にはアダルトビデオがあり、インターネットの普及の背景にも海外のポルノサイトの存在がありました。成人向け産業は、常に"技術の尖兵"の役割を担ってきました。3D映像に関しても、その例外ではないでしょう。

 以上のようなことを考えると、おそらく3Dの映像技術は、単なる"映像技術の話"では収まらないと思います。

 映像コンテンツの作成プロセスが変わっていき、3D映像に"非対応"の人々も「3Dを意識して作成された映像」を視聴することになっていく。

 今回、3D映像を見て率直に思うことは「もう、後戻りはできないな」ということです。

 山田宏哉記

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 2010.11.27 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ