ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2785)

 現実を直視することはできるか

 WiredVisionに「『情報中毒』と『好奇心のパラドックス』」という刺激的な記事が掲載されました。以下、特に重要な記述を引用します。

 [引用開始]

 われわれの脳細胞は、「すでに知っている事柄」について、さらなる情報を求めるよう調整されている。要するに、脳細胞は常に、自らの「予測誤差信号」(prediction-error signal)、すなわち予測と実際に生じるものとの差を縮小しようとするのだ。(略)

 だからこそ、われわれは「新しい事実」を強く欲するのだ。われわれがすでに知っている「古い事実」を更新し、われわれの認知モデルを前進させる手段として、「新しい事実」が欲されるのだ。(略)

 われわれはなぜ、視野が狭く、ある種のことに盲目的で、すぐに退屈してしまうのだろうか。それは、脳が制限のあるマシンであり、情報処理の容量に限りがあるからだ。(略)つまり、好奇心にはパラドックスがあるのだ――「すでに自分が知っていること」をもっと知りたい、という。

 (WiredVision:「『情報中毒』と『好奇心のパラドックス』」http://wiredvision.jp/news/201011/2010113023.html)

 [引用終了]


 上記のようなことは、昔から直観的に気付く人は気付いていたようです。

 塩野七生氏の著作では、よくユリウス・カエサルの言として「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと思う現実しか見ていない」(P12)という言葉が引用されます。

 僕は「現実を直視しろ」という言葉が好きではありません。そもそもそんなことは不可能だからです。

 そういう人は、単なる自分の興味関心や認知構造を「現実」だと思い込んで、それを他人にも押し付けようとしているに過ぎません。

 いまやウェブの世界では無数の情報を入手できるようになりました。情報を収集していると言っても、その範囲はあくまで自分の興味関心に限定されていると自覚した方がいいと思います。

 もっとシビアに言えば、僕たちは油断すると、自分の偏見や先入観を強化する情報を選択的に集めてしまう。

 極端な例ですが、グーグル検索で「○○人 バカ」などと検索したとしましょう。そうすると「○○人がバカである」という情報がたくさんヒットする。こうして「○○がバカだということがよくわかった!」などと満足する。

 こうして偏見や先入観が強化されると、本人にとってはそれが「守るべき信念」になります。

 程度の差はあれ、情報収集のピットフォール(落とし穴)はこの種の人間の認知構造にあると思います。

 だからこそ、大切なのは"自覚すること"ではないでしょうか。

 僕自身の興味関心は偏っています。いわば歪んだグラスを通して世の中を見ています。しかも、視野が広くないので、おそらく重要な情報を見逃しています。

 意見や考え方や価値観も平均的な日本人から、かなりかけ離れているでしょう。とても「正論」とは言えません。

 但し、そういう自覚は持っている。おそらく個別の情報の信憑性を検証するより、情報を収集する自分の認知構造を検証する方が、遥かに重要です。

 では、具体的にどうすればいいのか。

 唐突ですが、「旅に出る」というのは自分の認知行動を矯正する良い機会になるのではないでしょうか。

 僕も、遠出して東京に帰ってくると、いつもの見慣れた風景なのに何かが違うように感じます。旅に出ることで、自分が「確固たる現実」と思っている偏見に揺さぶりをかけられる。

 現実を直視することができない以上、僕たちに必要なのは、こういう謙虚さと地道な作業なのではないでしょうか。

 山田宏哉記

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 2010.11.30 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ