ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2792)

 野田稔(著)『中堅崩壊』覚書

 野田稔(著)『中堅崩壊』(ダイヤモンド社)を読了しました。その覚書は以下の通りです。

 バブル崩壊以降、日本企業において、急速にOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング。就業を通じての訓練)の機会が奪われていった。「自分が直接的に成長するためのOJTの機会、さらに、人を育てる、人を教えることを通じて自分が学ぶという機会もなくなってしまった」(P38)。
 
 また、情報技術の発達に伴い、日本企業にも"組織階層のフラット化"の波が打ち寄せてきました。しかし、本書が指摘するように「フラット化の最大の弊害は、育成が滞ったことだ。横一線であるから、皆がプレイヤーであり、育成責任がなくなってしまったのだ」(P50)

 重ねて日本企業にとっては、「専門化」の定義と方法論を誤った。本来であれば、プロフェッショナルとしての専門家を育成するべきところを、単にひとつの部署に「塩漬け状態」にすることに終始してしまった。

 [引用開始]

 ヨーロッパにおいては、スペシャリストは褒め言葉ではない。(略)彼らにとってスペシャリストとは「一つのことしかできない人間」という印象だそうだ。まさに単能工を意味するといえよう。

 彼らが、人に言われて一番うれしい言葉が、プロフェッショナルだ。プロフェッショナルには「自立的、自己完結的に、価値を創造できる人」という意味がある。当然、多能工でなければならないし、その上にリーダーシップやマネジメントの才、企画力や人間力など、多数の能力が必要になる。(P55)

 [引用終了]


 ところが、日本では「OJTの弱体化」と言ってもピンとくる人は多くない。その理由は、多くの人がOJTを誤解しているからだと著者は主張します。

 [引用開始]

 仕事をこなすことで勝手に育つことが、OJTなのではない。[OJTとは]人を育てるために、その人にふさわしい仕事を与えることを指す。だから、そこには当然、リーダーの、あるいは組織の意図と覚悟がなければいけない。(P56)

 [引用終了]


 本書ではこのような現状認識のもと、どのようにミドルマネジメントを再生していくかについて、先進事例を紹介したり、提言を行ったりしている。

 詳細は本書を読んで頂きたいが、特に重要な点はやはり本来の意味での"OJTの復活"と"プロフェッショナルの育成"ではないかと思う。もっとも、そのためには"リーダーシップ"も欠かすことができない。

 付け加えて言えば、本書では"リーダーシップ"という言葉も誤解されることが多いだとされている。

 [引用開始]

 リーダーシップとは、部下に命令を与えて動かすことではない。リーダーシップの定義は、「他人に影響を及ぼして望ましい行動を起こさせること」だ。だとすれば、たとえ新人でも、同僚に影響を及ぼして正しい方向に導いたり、はたまた先輩に対して進言して正しい方向に導いたりすることは正当な行為である。(P251)

 [引用終了]


 OJTにせよ、プロフェッショナルにせよ、リーダーシップにせよ、言葉としてはありきたりである。その重要性を否定するビジネスパーソンもいないだろう。

 しかし、現状では正しく理解され、実行されているとは言い難い。著者が指摘する危機の本質は、実は「当たり前のことができていない」ということなのだ。

 山田宏哉記



 2010.12.5 記事一覧へ戻る 文筆劇場・ト