ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2804)

 NHKスペシャル「世界ゲーム革命」覚書

 NHKスペシャル「世界ゲーム革命」(2010年12月12日放送)を視聴しました。その覚書は以下の通りです。

 脳の中にしまいこんでいる密かな欲望や妄想。それを解き放つことができるのがゲームの世界だ。クリエイターの閃きが巨万の富を生む。

 いまやゲームは世界最大の娯楽に成長した。かつてこの分野でひとり勝ちを続けてきたのが日本だった。

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 アメリカ・ニューヨーク。戦争系のゲームを手掛けてきたケイオス・スタジオ。ハリウッド映画に匹敵する数十億円の制作費を投じている。総勢250名の開発スタッフが目指すのは、"戦場そのものの再現"である。

 軍事コンサルタントのサミュエル・グレン。ケイオス・スタジオのゲーム制作に協力。湾岸戦争以降、4つの戦争を体験した海軍特殊部隊の元兵士。戦場を体験した者にしかわからない究極のリアリティをゲームに落とし込む。

 サミュエル・グレン氏曰く「プレイヤーはゲームをした後、どっと疲れるだろう。本当の戦闘を感じるからだ。戦場の匂いすらね」

 プロデューサーのデビッド・ボティプカ曰く「目標はプレーヤーが現実逃避できる世界をつくることだ。テレビや映画なら、見ているしかない。でも、ゲームはその世界に参加できるから、もっといいんだ。」

 2007年、北米のエンターテイメント市場で、ゲームの市場規模が映画を追い抜いた。現在アメリカのゲーム購入者の平均年齢は40歳。大人を満足させない限り、ミリオンセラーは生まれない。

 新しい情報端末の登場とともに、ゲームの数も劇的に増えていった。

 飛ぶ鳥を落とす勢いのゲーム産業に、いまや映画界の人材も吸い寄せられている。スティーブン・スピルバーグ監督は3年前からゲーム制作に関わっている。曰く「新しいゲーム機は私の想像力をかけたてるね」。

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 アメリカ・ノースカロライナ。ゲーム制作の世界で革命を起こした企業エピック・ゲームズ。社員140人で年間数百億円の売り上げを叩き出す。全米屈指の利益率だ。

 1998年に開発した"ゲームエンジン"と呼ばれるソフトウェア。かつてゲーム開発はプログラミング言語を使いこなせる一握りの人間のためのものだった。"ゲームエンジン"のおかげで、プログラマーにのみ可能だったソフトウェア開発技術は、誰にでもできるようにした。

 "ゲームエンジン"により、CG映像を編集するのにかかる時間は数十分の1に圧縮された。制作スタッフ曰く「僕は一流の芸術家ではないけど、これを使えば簡単にすごいことができる。神様になった気分だよ。すべてを創造したんだから」

 エピック社のエンジンはライセンス料をとって一般に公開されている。PCの世界におけるウウィンドウズのように、ゲーム業界の基幹技術となっている。エンジンの登場で誰もがゲームを作れるようになり、競争に火が付いた。

 エピック社のロッド・ファガーソン曰く「エンジンがなければ高いレベルのゲームは作れません。エンジンのパワーとスピードが重要です。従来の大作の半分の労力で済むのです」

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 1995年時点で、日本製ゲームソフトは世界で7割のシェアを占めていた。2009年時点では、シェアが3割にまで落ち込んでいる。ゲーム大国の王座から滑り落ちた。

 経済産業省に新しく設立されたクール・ジャパン室。年間20億円をかけて、海外で人気の高いゲームやアニメなどを輸出の柱に据えようとしている。

 クール・ジャパン室長渡辺哲也氏曰く「日本企業はいいものをたくさん作っていると思います。大変な人気ですけれども今、各国から追いつかれつつある。国を挙げて世界に売り込むための、一番大事な時期に来ている」

 レベルファイブ社長・日野晃博(42歳)。子どもの頃からプログラミングが大好きだった。高校生の時、ファミコンに出会い「ゲームこそ天職」と思い定めた。ゲームとアニメを融合した作品が持ち味。最近作は世界で950万本のヒットとなった。

 日野は今、クリエーター生命を賭け、ある作品にチャレンジしている。「二ノ国」。アニメーション作画をスタジオジブリに依頼。スタジオジブリとコラボレーションしたRPG。ゲーム業界は騒然となった。

 ゲームクリエーター稲船啓二曰く「世界を攻める意味でゲームだけで攻めない。日本のアニメのように世界で通用するものとうまくタッグを組む。それを考えるだけなら誰でもできるが、それを実行できる人は多くない。彼[日野晃博]の実行力は日本のゲーム業界を変える」

 ゲームのプレイ時間は映画の10倍以上。気の遠くなるような作業だった。しかも、プレイヤーの操作次第でほぼ無限のアングルが生まれる。

 最も困難なのは、精緻な手書き部分の再現。ゲームエンジンのようには自動化できない。歩く動作ひとつとっても、通常のゲームの10倍ものパターンを作った。主人公の感情の状態によって歩き方を変えることで、プレイヤーの感情移入を高める。

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 カナダ・モントリオール。競争を勝ち抜くための革命的なノウハウが登場した。

 ゲームの評価会社のエンザイム(2002年創業)。「ヒット作の陰にはエンザイムあり」といわれる。世界中から開発段階のゲームが持ち込まれるため、セキュリティが厳しい。
 エンザイムは、クライアントからの依頼で"テスティング"という業務を請け負っている。開発中のゲームを隅々までプレイし、改善点を見つける。

 エンザイムでは、250人のテスターを抱えている。全員がフルタイムの社員。朝9時から時には深夜までひたすらゲームをプレイすることが仕事。

 年間2000時間に及ぶゲーム漬けの日々に耐えられず脱落する社員も少なくない。いなくなれば、補充するだけだ。

 テスターの行動は、マジックミラー越しに観察される。テスト項目は操作性から感情移入の度合いまで、1000項目以上にわたる。時にクリエイターの独りよがりになりがちな作品をユーザ―の視点から徹底的に検証していく。

 ゲームソフト会社の営業責任者曰く「テスティングにかける予算は制作費の1割から2割です。」

 また、プロデューサー曰く「マーケティングに金をかけてもつまらないゲームは売れません。みんなが楽しめる完璧なゲームにしたいです。」

 エンザイムのテスターは、ゲームマニアのネットワークを使って、わざわざ世界中から集められている。国や文化によって、おもしろさの感覚に違いがあるからだ。

 エンザイムでも筋金入りのテスター、リチャード・ゲイツ(23歳)。通勤は何故か一輪車。その間もゲーム機をしている。同僚のテスター4人と会社が用意した寮で暮らしている。

 物心ついたときからゲーム漬けの日々を送っていたリチャードは、大学院でコンピュータ・サイエンスを専攻。しかし、卒業後、迷うことなく1日中ゲームをして給料がもらえるこの仕事を選んだ。

 朝から晩までゲームをテストした後も、楽しみはゲーム。

 リチャード曰く「回転する一輪車のように止まらずゲームを愛し続けてきました。好きなことを仕事にしているので、情熱がわきます。この生活は本望ですよ」

 エンザイムでは、ゲームの面白さを言葉だけでなく、脳科学的に測定しようという試みが進められている。脳波を測定する装置を使い、テスターがゲームをプレイしている最中の集中力を調べる。プレイヤーがゲームのどこで飽きるのか、脳波のデータから割り出す。

 集中力を100点満点とすると、50くらいの状態が続くゲームがプレイしやすいようだ。集中力が必要とされるゲームでは、プレイヤーが疲れてしまい、もうそのゲームをしたいと思わなくなってしまう。

 「飽きさせず、疲れさせず」。人間をゲームから離さないための研究が進んでいる。

 ヤン・シアー社長曰く「運を頼りにゲームを作って世界的に成功するなんてことは、極めて確率の低いものです。ヒットには科学的なアプローチが必要です。我々なら、全世界でヒットさせるための的確なアドバイスができます」

 エンザイムは、日本支社を設立。日本の顧客を獲得するため、日本人のゲームマニアをかき集める計画だ。

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 アメリカ・シアトル。マイクロソフト。基礎研究所では人間の身体を使ってコンピュータを操作する研究をかねてから進めてきた。人間とコンピュータとの関わり合いを根底から変えようという野心を抱いている。

 マイクロソフトのゲームハードウェア統括であるイラン・スピリンガー氏曰く「我々の新技術はコンピュータやテレビに留まりません。どんな機器でも直感的に操作できるようになります。」

 マイクロソフトのゲーム部門は今年、ひとつの家庭用ゲーム機を開発した。

 「キネクト」。10年の研究と数百億円の投資で完成させた。コントローラーが不要。カメラの前に立つだけで、人間の動きを認識し、画面の中に人間の分身を登場させる。

 赤外線でカメラからの距離を3次元で測定し、超高速半導体がリアルタイムで解析することによって可能になった。軍事にも使われている赤外線技術を応用した。

 マイクロソフト副社長マーク・ウィッテン氏曰く「これまで長年SFとして語られるだけで決して実現しなかったことが、いまエンターテイメントとして現実化していくのです」

 最先端のテクノロジーがゲームの世界にリアリティを与え、現実世界との境界線を揺るがせつつある。

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 水口哲也(45歳)が率いるキュー・エンターテインメント。マイクロソフトの「キネクト」を用いたゲーム開発を進めている。「ゲームの世界を現実のように体感する」のを目標に掲げている。

 水口曰く「折角、コントローラーから離れて自分の身体で操作できるようになれば、誰もがやってみたいだろうと思うのが、自分が指揮者のようにバッと振ったときに、何かが出たり広がったりすること。"向こう側に世界がある""自分がつながっている"って感覚になったらきっと楽しいだろうな」。

 パリにある世界第四位のゲームメーカー・ユービーアイソフト。水口の新しいゲームの発売元である。ユービーアイは水口に巨額の開発費を出資をしている。アメリカ勢に打ち勝つためのキラーソフトと位置付けている。

 イブ・ギルモ氏曰く「君のゲームには期待しているよ。ゲーム業界に革新をもたらすはずだ。立ち止まらずに突き進まなくてはね。」

 水口に与えられた次なるテーマは「ゲームの快感を実際に肉体でも体感することができないか」というものだった。成功すれば、仮想現実はより現実世界に近づく。水口の頭の中でバイブレーションというアイディアが閃いた。

 また、水口はソニーとも手を組んだ。映像を3D化することで、さらに仮想現実との一体化を推し進める戦略だ。

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 ロシアの脳科学者アレクサンダー・カプラン教授。脳波で機械を操作する装置を開発した。ロシア最高峰の名門モスクワ総合大学。脳の能力を最大限に引き出す研究を行っている。

 元々は身体が不自由な方向けに開発した技術を応用した。しかし、国から与えられる研究予算は削減されている。窮地に陥った教授が考えたのが、研究成果をゲーム会社に売ることだった。

 これにロシア最大手のゲームソフト会社ノビディスクが飛びついた。国からの研究資金の10倍、20倍にも相当する資金を教授に提供するという。

 カプラン教授曰く「いまのところゲーム機は人間の心は理解していませんが、次は人間の感情をゲームにつなげるのです。例えば、プレイヤーの喜びや感動をゲームに直接、反映させます。すると人間はゲームの中で主人公として生きることができるでしょう」

 続けて曰く「ゲームは人間を吸収する可能性を持っています。このままゲームが進化すれば、私たちはいわば新たな麻薬を手に入れることになります。それでも人間がゲームをやめることはないでしょう。ゲームと現実を分ける"壁"を作る必要があるかもしれません」

 もっとリアルに、もっと刺激的に、もっとカネになるゲームを。私たちの妄想と欲望を飲みこみながら、ゲームは進化を続けている。

 山田宏哉記



 2010.12.12 記事一覧へ戻る 文筆劇場・ト