ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2810)

 2010年の横浜 「外国人墓地」探訪記

 
先日(2010年12月11日)、横浜の山手にある外国人墓地を探訪してきました。

 外国人墓地の歴史は1854年、ペリー艦隊が再来した際、事故死した隊員を横浜の増徳院境内に埋葬したことに始まります。現在では、世界約50ヶ国から横浜に集まり、様々な分野で活躍した人4,800人ほどが眠っている。

【写真1】横浜・外国人墓地


【写真2】横浜・外国人墓地


 そして今では、横浜の観光箇所となっている。やや古い記事になるが1997年の日経新聞では以下のように紹介している。

 「横浜の数ある観光スポットの中でも、異国情緒あふれる外人墓地に特にあこがれを感じる人は多い。財団法人『横浜外国人墓地』は、この重要な観光資源であるとともに、『外国人コミュニティーの貴重なきずな』である外人墓地を守り続けている」(「日経新聞」(1997年9月28日付)

【写真3】外国人墓地に隣接する・カトリック山手教会墓地


【写真4】外国人墓地に隣接する港のみえる丘公園


 外国人墓地で頂いた資料では、略年表が1900年の「管理委員会が財団法人化」という出来事で止まっている。

 さらに正直に書くと、私の不勉強につき、実は予め知っている人はいなかった。それでも、主な埋葬者の功績をみると、それぞれが近代日本の中で活躍していることがわかる。

 時に歴史を動かすのは卓越した個人ではあるが、本当に世の中を支えているのは、さして名の知られていない人々の営みであることを改めて痛感させられた。

 山田宏哉記



 2010.12.17 記事一覧へ戻る 文筆劇場・ト