ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2813)

 NHKスペシャル 
 灼熱アジア「タイ“脱日入亜”日本企業の試練」覚書


 NHKスペシャル 灼熱アジア「タイ"脱日入亜"日本企業の試練」
(2010年8月22日放送)を視聴しました。その覚書は以下の通りです。

 タイ最大の輸出港・レムチャバン港。港に入れない船が続出していた。金融危機の後も変わらぬ活況が続いている。タイの経済成長率は今年、7.0%になる見込み。タイ商務省には輸出業者が殺到している。

 タイ躍進の理由はFTA(自由貿易協定)。原産地証明書をつければ、協定を結んだ国への関税が免除もしくは大幅に減税となる。FTAによって、タイは輸出品の価格競争力を手に入れた。

 ASEAN諸国はFTAによって32億人の一大市場になろうとしている。そのため、世界の企業はASEANの中でも最も製造業が盛んなタイに殺到している。日本企業にとっても、ASEANに工場を移せば、原料の調達も輸出も関税がゼロになる。

 バンコクとレムチャバン港を結ぶ物流の大動脈・国道7号線。道沿いには外国企業の工場がズラリと並んでいる。世界から680社が進出し、17万人が働いている。

従来は日本企業がタイに進出する目的は、安い労働力で製品を作り、輸出することだった。現在、狙いはアジア市場に変わった。中国やインドとまもなく関税ゼロでつながるタイは、現在、世界の製造業の主戦場となっている。

 タイ最大の工業団地、アマタ工業団地。ヴィブン最高執行責任者曰く「全部で25ヶ国から来ています。みんながFTAを利用して大きな利益を上げています。協力してビジネスができるようになります。チャンスが増えるのです。」

 タイに進出する企業の中では、特に日本企業の進出が目立っている。リコーではコストダウン狙いの現地生産ではなく、製品の設計などの中枢部分も日本から移転することを視野に入れている。

 リコー社長近藤史朗氏曰く「やっぱり設計者を送り込んで、タイでやるんだな。タイの人間と一緒に。部品というか、設計そのものができるから。」

 FTAと並ぶタイの強みは"技術力"である。人件費の安さでは、中国やインドに及ばないが、日本企業の長年の進出によって培われた技術が"人材の質"を優れたものにしている。

 リコー社長近藤史朗氏曰く「ここは6000万人くらいの地域人口がありますから、あとインドネシアとかインドを考えると膨大な市場になります。やっぱりアメリカを超えていく。日本なんか当然超えます。ひょっとしたら近い将来世界No.1の市場になる可能性が十分あります。」

 日本企業は縮んでいる国内市場から海外市場へと急速にシフトしている。日本企業の海外進出で流出した分は、生産額で35兆円、雇用で96万人になる(2008年)。

 タイの製造業にとって飛躍の転機となったのは、1997年のアジア通貨危機だった。通貨が暴落し、経済は壊滅的な被害を受けた。タイに進出していた日系メーカーは戦略の転換を迫られた。通貨の価値が落ちたため、日本からの部品購入をあきらめ、現地タイでの部品調達に切り替えた。

 こうしてタイの技術力を日本のレベルまで引き上げる試みが始まった。タイサミットを初め、タイの部品工場がこぞって日本のモノづくりのノウハウを学び、最新設備を導入していった。そしてタイは、日本にとって安さと技術を兼ね備えた最高の部品基地となった。

 国境を超えた生産ラインも生まれている。在庫ギリギリで動いているため、部品の急な発注が頻発している。日本の生まれのジャスト・イン・タイム生産。アジア全土で時間との戦いが繰り広げられている。

 日本のモノづくりの象徴、東京大田区のモノづくりの中小企業もタイにやってきた。工業団地の一角にあるオオタ・テクノパーク。7社が入っている。

 創業69年、金型部品メーカー南武のタイ工場。自動車やバイクの部品として欠かせない油圧シリンダーを特注で作っている。所得が向上し、自動車が飛ぶように売れるアジアでは、金型の需要が急増。フル生産が続いている。

 求められるレベルは1000分の1ミリと日本と同じレベルであるが、タイ人技術者も遜色なくこなせるようになっている。FTAの追い風を受け、顧客は一気に広がっている。

 マレーシアやインドネシア、4年後に関税ゼロとなるインドとも取引を始めた。今年は去年の倍の注文が殺到している。去年は、金融危機で受けた東京本社の損失をタイ工場が出した利益が支えた。

タイに進出したのは8年前。今、吉富英明社長はアジア全体を見据えた工場に生まれ変わろうと考えている。

 吉富社長曰く「営業活動すればするほど、仕事が取れる場所でもありますし、やりがいはありますよね。やりがいもつらさも日本以上です。」

 「一番最初に提示する見積もりの金額が最重要視される世界ですから、我々が日本でそんなに経験したことのないことです。ものすごい貴重な経験をしています。」

 アジアは今、空前の自動車ブームに沸いている。消費欲が旺盛な9億人の中間層が登場し、今年のアジアの自動車販売台数は去年よりも30%増えている。

 各国の自動車メーカーは、タイの生産工場を益々増強している。FTAで関税がかからなくなれば、さらなる売上拡大を見込める。生産と販売、タイはその両方で自動車生産の絶好の拠点となっている。

 バンコクの国際モーターショーでは、即断即決の販売に煽られ、売り上げは去年の倍を記録した。販売員曰く「いま予約しないと1000人待ちになります。今日ならたくさんサービスしますよ。通常のショールームではこんなサービスできません。」
 
 自動車や電子機器など、タイの製造業の生産高はこの5年で1.6倍に増えている。関税ゼロのタイを目指すのは日本企業だけではなかった。中国企業やインド企業も進出してきた。

 中国最大手の銅線メーカー震雄銅業。3年前、タイに工場を構えた。日本の自動車メーカーにも銅線を供給し、売り上げは倍々ゲームで増えている。しかも中国での生産を上回る利益率を達成している。

震雄銅業の周工場長曰く「中国企業がますます増えています。中国の生産では輸出入のコストが高くついてしまいます。利益が減ってしまうのです。しかし、ここはすべて免税なので利益率を高められます。」

 インド大手のベアリング会社。NRBベアリング社。安い部品はインドから輸入、高度な製品をタイで製造し、アジア全域に供給する。FTAを存分に活かしたビジネスモデルになる。

 NRBベアリングのA・S・コリー副社長曰く「我々の戦略はタイとインド互いの不足部分を補うことです。タイではインドでやれないことをやります。アジアでの成功は間違いありません。」

 地元タイのメーカーもパワーアップしている。タイ最大の自動車部品メーカー、タイサミット。売上1300億円。グループを率いるのは、タナトーン上級副社長。創業2代目の31歳。辣腕経営で会社を巨大化させた。日米の自動車メーカーにさまざまな部品を供給している。

 2009年3月、タイサミットは日本の金型メーカー・オギハラを買収。自動車業界を震撼させた。世界最高水準の技術を持つオギハラは過剰設備に耐えられず経営が悪化していた。負債の引き受けを含めて買収額は300億円強だった。

 タイサミットのタナトーン上級副社長曰く「金型は自社でやると絶対、日本には追いつけません。自主開発だとおそらく10年15年かかります。我々はそんなに待てません。中国やインドとの競争が進んでいるからです。チャンスが来たから買収の決断をしました。」

 タナトーン氏曰く「もう、どの国も怖くはありません。インドは生産能力に問題があります。ベトナムは賃金が安いですが生産能力と品質、いずれも低い。タイサミットは生産能力も品質も日本と同じレベルです。タイ人の賃金を考えれば、どの国にも負けません。

 タナトーン氏は、オギハラ日本本社の会長に就任し、工場のリストラを断行。2010年4月、群馬の工場を中国の新興自動車メーカーに売却した。

 タナトーン氏曰く「(オギハラは)規模が大きく、固定費が高過ぎます。中国との競争、円高などビジネス環境が変わっているのに、そんなに高い固定費はもう払えません。生き残るなら外の変化に合わせて内側も変わることです。」

 バンコク市内にある日本の不動産会社には、レンタル工場の問い合わせが殺到している。日本からタイに進出した日本企業は今年だけで既に61社になる(番組放送時点)。

 不動産会社社長曰く「これから日本で生きていくのがかなり厳しい状況であると。そのためにタイやその他の諸外国に工場を持って次の手を打ちたいと。」

 2018年、日本はFTAによってアジアの経済圏の中に完全に組み込まれる。その一員として、私たちはアジアとどう向き合えばいいのか。その問は続いていく。

 (以上、3500字)

 山田宏哉記

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 2010.12.19 記事一覧へ戻る 文筆劇場・ト