ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2815)

 プロフェッショナル仕事の流儀
 「ウェブデザイナー・中村勇吾」覚書


 NHKプロフェッショナル仕事の流儀「ウェブデザイナー・中村勇吾」(2008年4月1日放送)を視聴しました。その覚書は以下の通りです。

 ウェブデザイナー・中村勇吾(http://tha.jp/)。1970年生まれ。2004年のカンヌ国際広告祭サイバー部門グランプリをはじめ、世界の3大広告賞を総ナメにした。世界的なデザイナーとして知られている。

 中村の仕事場は東京・渋谷にある。番組放送時、中村の事務所には情報発信を目指す顧客たちが訪れていた。ウェブサイトの値段は1000万円を超えることも少なくない。

 中村は単に情報が並んでいるだけのウェブサイトは作らない。ウェブサイトの役割は「新しいコミュニケーションの扉」だと考えている。

 中村曰く「最初の『何となくやっちゃう』というところが一番大事かな。そして、『あっ、そうか』と二度驚く。自分で面白いと思ったから人に伝えたくなる。ユーザーが自分で発見する余地を残しておかないと伝わっていきにくい。」

 中村は作業に没頭すると徹夜も厭わない。しかし働き方にはひとつのこだわりがある。1年のうち半年だけ集中的に働き、残りは充電期間にあてている。その間は、ビジネス抜きで新しいことを試す。

 請負仕事ばかりしていると発想が固まってしまう。充電期間に自由な発想を膨らまれることで次のアイディアを広げていく。

 クリエイティブの真髄は「試行錯誤を、楽しみ尽くす」こと。中村曰く「何回試行錯誤をしたのか、『いや違う、いや違う』って。やっぱり100回繰り返した方がいいと思うんですよね。」

 今でこそ国際的な注目を浴びる中村だが、決して時代の最先端を走ってきたわけではなかった。

 中村は兵庫県の会社員の家に生まれた。コンピュータと出会ったのは10歳のとき。電器屋に通っては見よう見まねで覚えた。その後、建築家を志し、東京大学工学部に進学。「クリエイティヴな仕事がしたい」と橋の設計会社に就職。

 巨大な構造物を設計する仕事に、胸を膨らませていた。しかし、本格的に設計を任されるようになるまで10年以上かかる世界だった。毎日、地味な計算作業が続いた。

 入社3年目、初めて小さな橋の設計に参画できた。ところが、構造計算を始めて5ヶ月目、ひとつの計算間違いに気付く。半年分の計算がやり直しとなった。結果を出せない自分に苛立ち、仕事への意欲も失せていった。

 中村曰く「状況に失望するというか、状況に流される自分に失望していた。」

 仕事で満たされない中村は趣味の世界に逃げ場を求めた。そのときブームとなっていたのがインターネットだった。ネット上には様々なデザインが溢れ、世界中の人々が競い合っていた。

 「自分も何かやってみよう」と中村はプログラミング技術を独学で身につけ、ウェブデザインを発表し始めた。これまでにないアイディアが評判となり、海外からも賞賛の声が寄せられた。

 中村曰く「デザインに関しては、学校に行ったり、本を読んだりといった勉強は全くしていない。その時々でおもしろいいいものを作る人がいて、最初はずっとその真似をしていましたね。」

 中村は次第に「会社に行っている時間がもったいない」と感じるようになる。30歳のとき、設計会社を辞め、企業のウェブサイトを作る会社に転職した。

 しかし転職先でも、思うようにはいかなかった。クライアントから求められるのは「ちょっと洒落た無難なデザイン」。斬新な発想や高度な技術は必要とされなかった。

 転職して数ヶ月後、アメリカを発端にITバブルが崩壊。熱狂は急速に冷めていった。これまでと同じことをやっていては、生き残っていけない。「根本的に新しいことをやる」と覚悟を決めた。中村はわずかな貯金を元に独立した。

 中村はウェブならでは仕事以外はしないことにした。

 まもなくチャンスが舞い込む。ある企業の環境キャンペーンのサイト、中村が作ったのはユーザーのメッセージが「葉」となり、樹に成長するというウェブサイト。メッセージが貯まると企業は南の島に樹を植える、というものだった。

 中村曰く「独学の人の方が全然強いです。ウェブは特に体系自体、ダイナミックに変わっている中で、何かひとつの体系を完全に習得するというのは全く意味がなくて、その時々に反応しながらやっている。そういう反射神経ですよね。」

 ウェブサイトは評判を呼び、2004年のカンヌ国際広告祭サイバー部門グランプリをはじめ、世界の3大広告賞を総ナメにした。ウェブならでは可能性を突き詰める挑戦の日々はこうして始まった。

「ひとつとして同じ仕事はない」と中村は言う。「『一生に一回の仕事』ってところで、いかに濃密に過ごせるか。(プロフェッショナルとは)そういうところをやっている人だと思いますね。」

(以上、2000字)

 山田宏哉記



 2010.12.20 記事一覧へ戻る 文筆劇場・ト