ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2818)

 "情報と思考"で仕事は変わる

 先日、情報収集能力が持つ重要性を改めて感じさせる出来事がありました。

 ひとつの新聞記事によって、これまでの仕事の意味やこれからやるべき仕事を書き換えることになったからです。情報さえあれば、無駄なことをせずに済んだり、やるべきことを明確にできることは、誰しも経験していると思います。

 今でも、情報収集と分析よりも、実際に"手を動かす"ことの方が重要だと考えている人はたくさんいると思います。

 例えば、エクセルで関数を利用した表を作成したり、パワーポイントの資料を作成すれば、何となく「仕事をした!」という気になります。もちろん、こういう作業ができることは大前提ですが、こういう作業はあくまで"下流工程"です。

 裁量の余地が大きいホワイトカラーの場合、まずは情報の収集と分析をして「自分は仕事として何をするべきなのか。何をするのが効果的なのか」を決定することが第一でしょう。これが仕事をする上での"上流工程"になります。

 ここが間違っていると、後に続く作業が無駄になります。もちろん「上司に言われたから、やっている」と言えば責任回避はできるでしょうが、それはプロフェッショナルの仕事の進め方ではないでしょう。

 日本のホワイトカラーの生産性が低いとされる根本的な原因は、おそらく"上流工程"をいい加減に考えているからだと思います。戦略が間違っていたら、戦術は意味を成しません。

 組織の利益に繋がらないことをやっているのに、徹夜したり、キーボードを速く叩いて無駄な資料を作っても意味がありません。しかし、日本的慣習では「あの人は頑張っている。しかも資料作りが速い」などと評価されがちです。

 おそらく、日本企業の最大の弱点は「一生懸命、無駄なことをしている」という点でしょう。僕はひとりのビジネスパーソンとして、日本のビジネスパーソンが勤勉であることはよく承知しています。

 しかし「本当にその仕事に意味はあるのか」の問いかけが甘い。私の知人にも「やるしかない」が口癖の人がいます。そう言うと、聞こえはいい。

 でも、本当に「やるしかない」のか。そこをよく考えた方がいいのではないかと思います。

 企業のホワイトカラーは「考えるのが仕事」です。手を動かして行う作業をするだけでは、とてもその報酬に見合う成果を出しているとは言えません。

 単に電話番をしたり、コピーを取ったり、ハンコを押したりするだけなら、アルバイトでもできる。仕事に対して、いかに知的な付加価値をつけるか。本来、それがホワイトカラーに求められていることでしょう。

 おそらく、日本のホワイトカラーには、知識・情報・思考が圧倒的に足りない。それが僕の率直な印象です。

 単に、左から来たものを、右に流しているだけではないのか。知識・情報・思考が足りないと、そうするしかありません。

 いかに外見上はキーボードを叩いて仕事をしているように見えても、それでは所詮、"ガキの使い"ではないでしょうか。

 情報の収集と分析をした上で、自分のなすべきことを決定する。それが上司の指示と食い違うなら言うべきことは言う。このような上流工程の重視が今の日本のビジネスパーソンには必要なのではないでしょうか。

(以上、1400字)

 山田宏哉記

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 2010.12.23 記事一覧へ戻る 文筆劇場・ト