ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2828)

 手を挙げるタイプの人

 私見では、社会に出て活躍することができるのは、「手を挙げるタイプの人」だと思います。

 おそらく、小中高等学校時代、最も大事なことは「授業中、手を挙げて発言する」ということです。こういう人を評して、「積極性がある」とか「意欲的」と言うのです。

 ビジネスの現場では、「手を挙げるタイプの人」が求められているのに、日本の教育現場では「手を挙げるタイプの人」が疎んじられているように思います。

 これは日本の教育が抱えている根本的な病理でしょう。また、この点が改善されれば、日本の教育は相当に良くなると思います。

 あまり偏差値の低い中学や高校に行かない方がいいのは、周囲の影響で「真面目に授業を受けるのはカッコ悪い」という価値観を刷り込まれてしまうからです。

 単純な話、学校の授業では発言しない人が、会社の会議では積極的に発言するようになるのでしょうか。

 僕の肌感覚では、今、「求められる人材像」が従来とは変わってきています。

 確かに、かつては「出る杭は打たれる」と言われました。今は逆に「水面に顔を出せ」という状況です。日本が沈没する中、浮上して水面に顔を出さないと溺死するでしょう。

 長期的には賃金が世界的に「同一労働、同一価格」になる流れは変わらないでしょう。単純労働者の年収は2万ドル(≒ウォルマート従業員の平均年収)程度に収斂していくはずです。そしてこれが「普通の日本人」の平均年収になる。

 このような境遇から脱するためには、どうしても「手を挙げるタイプの人」になる必要がある。

 だからこそ、日本の教育はもっと「アウトプット重視」の方向に舵を切る必要があります。

 日本の学生には、小論文を書いたり、文章添削を受ける機会が殆どありません。対話、議論、討論の訓練も圧倒的に不足している。英語で書いたり話す機会もまだまだ少ない。この辺に抜本的なテコ入れが必要でしょう。
 
 (以上、800字)

 山田宏哉記

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 2010.12.28 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ