ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2967)

 2011年の福島 震災・原発事故後の郡山をゆく

 本日(2011年4月29日)、福島県の郡山市に来ています。

 僕はずっと、自分の眼で被災地の様子を確かめたかいと思っていました。政府発表と同様、マスメディアが流す情報も、あまり頼りにならないと思っていました。

 震災や原発事故が発生した直後は、自分のことで精一杯だし、仕事もありました。

 ただ、自分のウェブサイトを運営していながら、「現地の視察をしていない」ということは、ずっと魚の小骨のように僕の中に刺さっていました。

 さて、栃木県の黒磯駅からJR東北本線を北上するにつれ、更地のような田畑が延々と広がりました。「風評被害」を見越して無駄な努力はしない、ということでしょうか。

 福島県の農業が壊滅的な被害を受けたことが、実感としてわかってきました。

【写真1,2】福島県郡山市。福島県の中核都市のひとつ。 



【写真3】郡山駅に設置された仮設トイレ。地震との因果関係は不明。


【写真4】地震の爪痕。今にも落下しそうな店舗の屋根。


【写真5】地震の爪痕。陥没したタイル張りの地面。


【写真7】地震の爪痕。使用禁止になったエレベータ。


【写真8】地震の爪痕。通行禁止になった歩道橋。


【写真9】地震の爪痕。破損したラブホテル。


【写真10,11】ローソン郡山駅前店。希望へのメッセージ。




【写真12】私が宿泊したホテル。


 現時点の被爆線量については、おおよそ毎時1.5マイクロシーベルトとのことです。数日の滞在ならば何ということもありませんが、ずっとここで暮らすことを考えると、かなり微妙なラインです。

 また、地震の爪痕は残っているものの、マスク等はしていない人の方が多い。住民は随分と平静な様子でした。繁華街では不良少年が闊歩し、ドーナツ店では若い女性が談笑にふけっていました。

 尚、ローソン郡山駅前店にて。店内にはずっと「I love Fukushima 福島が好き」という歌詞の唄が流れていて、思わず涙が出そうになりました。

 特筆すべきは、事前のイメージとは逆に「福島の旅館が予約で一杯だった」ということです。

 僕が宿泊したホテルにも、見るからに「普通じゃない」人たちが次々と来ていました。ちなみにほとんど男性です。

 1階のロビーで宿泊客ウォッチングをしたところ、宿泊客は大まかにボランティア系、作業員系、マスコミ関係者に分けられるような気がしました。

 最後に断って置くと、僕の被災地探訪は、極めてエゴイスティックな動機に基づいています。ボランティア目的でも、取材目的でもなく、観光目的です。

 決して「立派なこと」をしているわけではないので、その点はご承知置きください。

 (1200字)

 山田宏哉記

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 2011.4.29 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ