ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2971)

 福島県南相馬市での震災ボランティア体験記

 昨日(2011年5月4日)、友人と男3人組で福島県の南相馬市で災害ボランティアセンターを通して、救援物資の仕分け作業をしてきました。

 我々の仕分けした救援物資は、市民の皆さんに配布されることになり、小さいながらも震災復興に貢献することができました。

 以下、その詳細を報告します。

 9:30 原町保健センターで受付開始
10:00〜11:00 オリエンテーション、各人の作業振分け、作業班分け、現場への移動
11:00〜11:45 救援物資の仕分け作業
11:45〜13:00 昼休み
13:00〜15:30 救援物資の仕分け作業
15:30〜16:00 原町保健センターに戻って解散

 福島県の南相馬市は半分弱が福島第一原発から20キロ圏内に入る。大半が30キロ圏内。今回は原発から20〜30キロ圏での作業。あいにく人手が不足していた。

【写真1】ボランティアの活動拠点になった南相馬市の原町保健センター。


【写真2】ボランティアの受付入口。「初めての人」と「2回目以降の人」に分かれて並んだ。


 受付では「今日が初めての人」と「2回目以降の人」の2列に分かれて並んだ。2回目以降の列に並んだ人の方が圧倒的に多かった。

 ボランティアに来たのは、建設関係者のような風貌をした人が多かった。彼らは一様に作業用の長靴を履き、瓦礫撤去に向かった。

 個人的には僕も瓦礫撤去をしたかったが、現地のニーズを優先し、救援物資の仕分けに志願した。

 オリエンテーションの「ボランティアの心得」は「食事は自分で確保すること」といった当たり前のことばかり。

 尚、ボランティア活動中の写真撮影は禁止。過去に、訪問先の個人宅の写真をブログに掲載、避難所の写真を新聞に無断掲載等のトラブル事例があった、とのこと。

 現場となったのは原町保健センターから約2キロの距離にある中学校の体育館。

 ここに全国から救援物資が寄せられていた。カップ麺が特に多く、トイレットペーパー、タオル、マスク、缶詰、レトルトカレーのパックなどが特に目についた。

 ここで物資の仕分け作業をした。トイレットペーパーを6ロール毎に袋詰めにする作業がメインだった。負荷はさほど高くない。

 実稼働時間は3〜4時間程度。あまりに少ないと思ったが、全体としては、当初予定の目標を達成できた。

 作業に集まった人は、建築現場等の関係者も多く、効率の良い作業手順がわかっていた。友人は積極的に「もっといいやり方がある」と提案して、その意見が採用されていた。

 また、作業終了後には一定の充実感も得ることができた。

 尚、今回、南相馬市に結集したボランティアは、大半が精悍ないい顔をしていた。「自分がかわいい」と思っていたら来れない場所ではある。

 ボランティアの原義は「志願兵」であり、すべては自己責任である。

 一緒に作業をしていた方は、仕事の関係で仙台に来ていて、1日空いたために、こちらに支援に来た、とのこと。「(大型連休中は)仙台で宿を取るのは大変だったでしょう」と尋ねると「キャンピングカーだったから宿の心配はなかった」とのこと。

 平時のボランティア活動は若者が自分の身の振り方を考える手段として意味合いも大きい。しかし、緊急時には元来のボランティア精神が必要になる。

 自分の面倒は自分で見た上で、自分にできる支援をする。

 今こそ、そういう姿勢が必要ではないでしょうか。

 (1400字)



 山田宏哉記

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 2011.5.5 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ