ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2977)

 マネジャーの育成責任を考える

 一般に「マネジャーには部下の育成責任がある」とされます。

 但し、僕はこれはちょっと酷ではないか、と思っています。中には僕のような「どうしようもないボンクラ」の部下もいて、そういう無能者の能力を伸ばせないからといって、マネジャーが責任を問われるのは気の毒です。

 震災復興のボランティア活動をしようにも、救援物資の仕分けやガレキ撤去くらいしか能がない自分を悲しく思っています。

 また、震災復興プロジェクトで本職がコンサルタントの方と作業されて頂いていますが、ため息が出るほどの問題解決能力と尋常じゃないコミットメントです。

 僕は頭が悪いし、善意に欠けるし、能力も低いし、特に取り柄もないので、ガレキ撤去や溝さらいのような作業でしか、復興に貢献できないのです。

 さらに、僕には「一度聞いただけのことは忘れてしまう」という欠点があって、何度か聞かないと行動に反映できないことがあります。

 おまけに、僕には生来「尊敬できない人の言うことは聞き流してしまう」という傾向があり、これは改善しないといけません。いや、正確には改善不能なので、どんな人でもなるべく敬意を払うように心がけるしかありません。

 「大方、普通の人はそうじゃないか」と思っていたら、どうやら僕だけのようです。そういう出来損ないの部下を持つマネジャーは、本当に大変だと思います。

 だから例えば、私の不出来を理由に、上司が育成責任を問われるとしたら、それは非常に申し訳ないことです。

 社会に出てから、仕事+勉強に1日16時間を投入してきましたが、それでこの様というのが自分でも情けなくります。残念ながら、世の中にはこういうボンクラも存在するのです。

 以上、どうも最近、褒められたり、感謝されることが多くて調子が狂いそうなので、自嘲させて頂きます。天狗になって唯我独尊になるのが、いつもの「負けパターン」なものでしてね。

 もっとも、「部下が言うことを聞かない」本当の理由は、得てして「マネジャーが人として尊敬されていないから」なのだと思いますね。結局はここに行き着きます。

 また、常識的に考えても「上司が人間として尊敬でき、指導が素晴らしいのに、部下がどうしようもないボンクラ」という事例はあまり多くないのではないでしょうか。いやまぁ、ここにありますけど。

 (1000字)

 山田宏哉記

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 2011.5.11 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ