ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2979)

 震災ボランティアの戦友たち 床下浸水対応篇

 昨日(2011年5月15日)、福島県のある市町村で震災ボランティアをした。

 10:00〜10:30 現場へ移動
 10:30〜14:30 床下の泥撤去
 14:45〜15:45 砂利撤去

 この日のメインの任務は「津波被害を受けた個人宅の床下に溜まっている泥を撤去する」というものだった。人員は3名。

 僕たちは、個人所有の軽自動車の荷台にブルーシートを敷き、一輪車、角スコップ、土嚢、チリトリ等を乗せて被災者宅に向かった。

 車を提供し、運転手を務めて下さったTさん。群馬県出身。本日初参加。会社員をやっているが、上司に「休日にすることがない」と言ったところ、「ボランティアをしろ」と命じられたそうだ。

 その一方「もともとボランティアをするような人間じゃないが、今、何もしないのは罪悪感がある」とも言っていた。

 Tさんから「こういう活動をすると、会社での評価が上がるのですか」と質問されたので「そんなわけないじゃないですか」と答えた。

 もう一人、一緒に作業をしたSさん。地元民。3回目の参加。恋人と一緒に来ていたため、男性限定の「床下浸水の泥かき」に挙手するのを一瞬、躊躇された。しかし、人手が足りない以上、泥かきに志願し、リーダーも買って出てくれた。

 Sさんは震災当日、「津波が来る」の掛け声で車で逃げたが、生で津波を見ることになった、という。

 「仙台では市街地と浜の方の落差が凄かったですよ」と話を振ったところ、Sさん曰く曰く「いわきでもそう。津波被害に遭った人たちは『明日からの生活どうしよう』と途方に暮れているのに、被害のなかった人はほぼ日常を取り戻している。そのギャップが大きい。それが道路一本の差で起きている」。

 現場は、津波被害が比較的浅い地域。とはいえ、近所の家は2階近くまで津波が到達している。「解体承諾」の貼紙がある家もあった。

 被災者宅の床を開け、格子状の柱を剥き出しにして作業をした。角スコップ等で作業をするには少し窮屈ではあった。意外にも役に立ったのがチリトリだった。一見して、人員が足りないので、追加で2名要請。

 「津波で運ばれてきた泥」と「元々そこにあった本来の土」を見分けるのが難しかった。厳密には不可能に近い。幸い、震災前に床下に石灰を撒かれていたので、石灰が見える部分までを基準に、表面の泥を削って土嚢に詰め、運び出すことにした。

 昼食は、Tさん、Sさんと近所の高台の公園で食べた。この近辺の方々が津波に際して避難した高台だった。公園にはまだ水が通っていないようで、トイレを見ると大変なことになっていた。

 午後は、格子状の柱の下に潜って這いつくばって作業をした。長めの草刈用の道具を届くところまで突っ込み、泥をかき出した。半壊した家でするには若干の危険を伴うかもしれないが、構ってはいられない。万一のことが起きても、悔いはない。

 作業着が泥まみれになったが、多くの泥をかき出せ、被災宅の方から感謝された。Sさんからも"功労賞"に指名された。それだけで充分だった。

 休憩の間、ご主人と奥さんからお茶をご馳走になった。その折、津波当日の話を色々と伺った。「津波は一気にドバーっと来たと言うより、何度も来て、徐々に水位が高くなっていった。夜の8時頃が一番ひどかった」とのことだった。

 休憩後、一気に作業を片付けた。約1時間を残して、依頼作業完遂。

 リーダーのSさんは迷うことなく、次の現場を希望。ボランティアセンターに電話で完了報告をして、次の現場に向かった。

 今後は打って変わって、津波で砂浜の砂利が押し寄せた地域。庭に大量の砂利が溜まっているので、それを取り除く作業の応援に入った。ここでも、「元々の土」と「津波で流されてきた砂利」を見分けるのが難しかった。

 余計な砂利をスコップで掬い出し、一輪車に乗せ、所定の場所に集積した。区切りのいいところで本日の作業を終了としたが、とてもまだ通常の生活ができる状態にはなかった。

 実際に震災ボランティアをすればわかると思うが、僕は、新聞に載るような「被災地の声、福島県民の声」とは、だいぶ毛色が違う話を聞いている。

 当たり前のことだが、TVのレポーターや新聞記者に話すことと、一緒に泥かきやガレキ撤去作業をする人に話す内容が、同じはずがない。

 帰りの車中、Sさん、Tさんと「偽善や自己満足かもしれないけど、被災者の方のニコニコした顔を見ると、救われた気持ちになる。自分の貢献は小さなものだけど、やることに意味がある」という話になった。全く同感。

 たぶん、それくらいの気持ちでやるのがちょうどいいのだと思う。

 活動終了後、記念にTさんに写真を撮って頂いた。作業着、安全長長靴とも酷い汚れだが、自分では結構気に入っている。「証拠写真です」と言うと、Tさんは笑っていた。

【写真】Tさんに撮って頂いた記念写真。


 (2000字)

 山田宏哉記

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 2011.5.16 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ