ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2995)

 "今がそのとき"の武術論

 大学院生の頃、一緒に武術を習っていた仲間が「世の中でどんなことが起きても、生き抜いていけるように、武術の稽古をしている」と言っていた。

 当時は、その言葉にあまりリアリティが感じられなかったけど、まさに「今がそのとき」なのだと思う。

 あまり言われないことですが、震災で津波被害のあった地域では"警備"が強化されている。

 警察のパトカーもよく見かけるし、民間の警備員も"倒壊地区"に不審人物が立ち入ることがないよう、見張りをしている。

 被災地では深夜、むやみに出歩かない方が良い。

 先日、福島県いわき市の牛丼屋に深夜、若い男性2人組が来ていて、店員がしきりに謝っていた。腕には凶暴な格闘家がするようなタトゥーが入っていて、僕もちょっと怖気付いてしまった。

 その日はその後、ファミレスにてiPadで原稿を書いていたが、隣に座った若者グループからの視線を感じていた。

 聞けば「鑑別所から出てきた」とか「刺青を入れる」とかそんな話をしている。僕が会計を済ませると、彼らも立ち上がって会計を済ませようとしてきた。瞬間的に「これはヤバい」と判断。店から出ると、全力疾走で逃げた。

 「チンピラから逃げるなんてカッコ悪い。毅然と立ち向かうべき」と思う人もいるかもしれないが、僕は挌闘漫画の主人公ではない。余計な争いはしないに限る。

 震災ボランティアに行って、不良連中に絡まれ、金品を強奪されたらバカバカしい。だからと言って、仮にストリートファイトでチンピラをぶちのめしても、前科がついて仕事を失うだけだ。

 「逃げるが勝ち」とはよく言ったものだと思う。

 若干補足すると「チンピラに絡まれたら、逃げる」のでは遅い。「絡まれそうになったら、逃げる」ことが重要だ。こういう時、武術の素養があって良かったと思う。

 武術をやっていると、危険に対する嗅覚が鋭くなる。これは被災地では特に必要なことだ。倒壊しそうな家、剥き出しの釘、散乱したガラス片、得体の知れない粉塵、危ないものはたくさんある。

 以前、武術の師匠に「日常生活で突いたり蹴ったりすることがないのはわかっている。武術の稽古で得たことは、職場でリーダーになるとか、そういう形で役に立てろ」と教わった記憶がある。

 "実戦"で武術の技を使ったことはないけど、武術の稽古をしたことは、充分に役に立っている。

 (1,000字)
 
 山田宏哉記

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 2011.6.10 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ