ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3012)

 悪口を言う人、言われる人

 なぜ、悪口を言うのか。なぜ、悪口を言われるのか。このシンプルな問に答えたい。

 (悪口の定義は「特定の個人の評判を傷付けることを目的とした、悪意や私怨に基づく発言」とする)

 まず初めに断っておきたいのは、悪口を言うとき、悪口を言われたとき、図らずも人間性が露見してしまう、ということだ。

 他人の悪口を言わないと気が済まないとき、大抵、自分の中に何らかの歪がある。そんなときこそ、我が身を振り返りたい。悪口を言われて過剰反応するときも、大抵、図星の部分が含まれている。

 ひとつ覚えておくといいのは、「悪口は自分の劣等感の裏返し」であることだ。人間は、誰かを言葉で傷つけようと思ったとき、つい「自分が言われたら傷つく言葉」を口走ってしまう。

 子どもの頃、「バカって言う人は、自分がバカなんだよ」と教わったけど、つくづくその通りだ。

 「悪口を言われても気にしないようにしましょう」と言うのは道徳の話であり、綺麗事だ。処世的には「悪口を言われたら、相手の歪みをのぞきこむ」ことにした方がいい。

 20歳前後の頃は、僕も随分と自分の評判に過剰反応していたと思う。

 今は「なぜ、この人はこんな悪口を言うのだろう?」と、関心が自分ではなく、相手に向かう。そして口には出さないけど、よく「気の毒な人だな」と思う。

 不思議なもので、こういう姿勢を取ると、悪口を言われることそのものが減ってしまう。

 また、悪口を言われることが多い人は、「自意識は可燃物である」と覚えておくといい。

 是非はともかく、日本では、自意識過剰な人は、ほぼ例外なく叩かれる。自己顕示欲は物事を前に進めるために必要だが、アピールは程々に留めた方が賢明だ。見てる人はちゃんと見ている。

 簡単にまとめると、悪口を言う人は、関心が自分よりも他人に向きすぎで、逆に悪口を言われる人は、関心が他人よりも自分に向きすぎの傾向がある。自分と他者への関心のバランスがいい人は、悪口を言わないし、言われない。

 悪口を言いたくなったら「自分に関心を向ける」。悪口を言われたら「相手に関心を向ける」。シンプルだけど、案外、これだけで問題は解決してしまうものだ。
 
 山田宏哉記

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 2011.7.10 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ