ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3017)

 制御できる範囲内と範囲外

 物事を考えるとき、「自分の手が及ぶ範囲内のことか」という基準はとても重要だと感じる。

 なぜか。自分の制御範囲外のことについては、あまり一喜一憂しても仕方がないからだ。

 一般にインテリは制御範囲外のことに関心が向きやすく、学力不足の人は制御範囲内のことに関心が向きやすい。インテリの問題は「地に足がついてない」ことで、逆に学力不足の人の問題は「制御範囲が狭すぎる」こと。

 自分がコントロールできる範囲外のことについては、「あきらめる」というか「受け入れる」という姿勢が必要と感じている。その分、自分ができる範囲内のことに注力した方がいい。

 「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、むしろ「天命を受け入れ、人事を尽くす」。自分にできる範囲のことをやったなら、必要以上に悩んでも仕方がない。

 例えば、「いい仕事をする」のは制御範囲内だが、「高い評価を受ける」のは制御範囲外だ。「他人にどう思われるか」を気にする人が多いようだけど、これは制御の範囲外だ。
 一般にインテリは制御範囲外のことに関心が向きやすく、学力不足の人は制御範囲内のことに関心が向きやすい。インテリの問題は「地に足がついてない」ことで、逆に学力不足の人の問題は「制御範囲が狭すぎる」こと。
 
 若干個人的な補足をすると、自分の制御範囲内のことについては楽観的である方が望ましく、制御範囲外のことについては、悲観的である方が望ましいことが多いように感じる。

 制御範囲内のことは楽観的な方が好都合なのは、自分の技能や仕事に関しては、「できる」「なんとかなる」という確信があった方が、物事がうまくいくことが多いからだ。

 制御範囲外のことは悲観的な方が好都合なのは、「原発は絶対安全」「津波がこの防波堤を超えてくるわけがない」「勤務先が倒産するはずがない」などの文言を検証すれば明らかだろう。

 例えば、景気は回復せず、優秀な若者は日本を見捨て、年金制度は崩壊し、街には失業者と浮浪者が溢れる。それを前提に、自分がするべきことを考える。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、むしろ「天命を受け入れ、人事を尽くす」。

 不幸な予測が外れたら、その幸運を祝えばいいだけの話だ。

 山田宏哉記

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 2011.7.20 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ