ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3026)

 オーストラリアのワイン農場で働く若者の話に思う

 震災ボランティア活動を通して、オーストラリアのワイン農場で働く若者・Kさんの話を伺う機会があった。

 Kさんは3週間の休暇中に日本に帰国し、福島にボランティアに来たという。

 「オーストラリアって、日本から移住して食べているような環境ですか」と質問したところ、答えはイエス。色々と話を伺うことができた。

 Kさん曰く「オーストラリアは最低時給が約\1,800あり、労働者階級を厚遇する国なので、韓国などからも野心的な若者が出稼ぎに来ている。飲食店の皿洗いでも時給¥1,800が保障されているし、田舎の方にいけば、(競争相手が少ないので)職も見つけやすい。」

 「英語はあまり話せない人が結構いる。農場作業や皿洗いであれば、言葉が多少おかしくても何とかなる。韓国人などは、事前に英会話学校で英語を勉強してからオーストラリアに出稼ぎに来ている場合もある。周囲には日本人はいない。」

 「注意点としては、人件費が高いので、物価も高いこと。だから、食べ物は自分で栽培したりする方が良い。私は農場で働いているので、ワインは無料で手に入る。」

 Kさんの話を聞いて、僕は少なからずショックを受けた。

 今の時分、福島県でアルバイトをしても、時給が¥660とかだったりする。これがオーストラリアでは最低賃金が時給約¥1,800以上。僕たちは、日本が「裕福な国」だと思っていたけど、既に一部の若者は海外に「出稼ぎ」に行っている。

 理屈の上では「若者はもはや、日本で働くこと、日本で暮らすことに固執すべきではない」とは思っていたが、それを「自分の問題」としては捉えきれていなかった。しかし、実際にそういう生活をしている人と話すと、不思議と自分にもできるような気がしてくる。

 たぶん、最も必要なのは、飛び込む勇気なのだ。

 実際に海外に出稼ぎに行ったり、移住したりするかは別として、「いざとなれば、オーストラリアで働けばいい」とでも思っていれば、随分と精神的に楽になるだろう。

 「日本でホワイトカラーとして働いて生計を立てること」を暗黙の前提にしているからこそ、これほど息苦しくなるのだと思う。

 「日本で働く、日本で暮らす」という暗黙の前提を取っ払う。それは口で言うほど容易なことではないが、若者には必須の覚悟だと思う。

 「どこでも住める、働ける」という技能と覚悟があれば、それだけで視界が拓けるし、可能性も広がる。日本で生まれ育ったことを、嘆く必要もない。

 オーストラリアのワイン農場で働く若者と話をして、僕はそんなことを思った。

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 山田宏哉記

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 2011.8.6 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ