ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3029)

 震災ボランティアの戦友たち 食品工場対応篇

 先日(2011年8月6日)、福島県のある市町村で震災ボランティアをした。

10:00〜15:00 工場内砂撤去、ゴミの分別廃棄、ガレキ撤去

 ボランティアセンターには他県から社会福祉協議会の方が応援にきていて、その方が最初に紹介した案件に挙手した。

 この日の現場は、津波で全壊した食品(かまぼこ)工場。メンバーは全員男性で10名。リーダーは僕が務めた。

 持って行った資材は、一輪車3台、剣スコップ2本、角スコップ6本、土嚢袋350枚、バケツ3個、土嚢マシン4個、ホウキ・チリトリ類、ヘルメット・防塵マスク(アスベストのスレートがあるので必須)を人数分など。資材を管理する人も今回の現場に行ったことがあるという。

 僕たちはバーテンダーのMさんが運転するハイエースに乗って現場に向かった。Mさんは、千葉からバイクで下道を通って福島までやってきた。オーストラリアのワイン農場で働くKさんも同乗し、色々と貴重な話を聞かせてもらった。

 資材は、千葉で木材業を営むWさんの個人所有の軽トラックに積んで運んだ。Wさんは高速道路のPAで車中泊してきた。この日の夜は、健康ランドに宿泊するという。

 現場には、高さ3.5メートルの津波が到来したが、これはこの付近では比較的波が低かった。すぐ近くの海水浴場には、高さ8.9メートルの津波が到来。一帯が壊滅状態となり、100人超の死者が出ていた。

 今回の現場には、これまでに数多くの震災ボランティアが動員され、土嚢袋約1万個分の土砂を搬出していた。今回はその仕上げとなる作業だった。周囲も震災当初はガレキだらけだったが、今はだいぶ片付いていた。

 工場の中には殆ど何もなくなっていた。工場は重機で取り壊す予定だ。業者に頼むと工場の解体には3,000万円の費用がかかるという。行政に頼むと解体まで1年待ちだった。依頼者は一刻も早く解体したい様子だった。

 震災後、停電で冷蔵庫が止まり、中の食品がそのまま放置された。その腐敗臭の中で作業をするのは、特にきつい作業だ。

 今回の現場も、少し前まで強烈な臭いだったようだが、作業の甲斐があり、気にならない程度になっていた。当初は依頼者も近所迷惑を心配したという。

必要な作業は大きく分けて、
1.工場内の砂撤去
2.燃えるゴミの廃棄(清掃センターへ運搬)
3.災害ゴミの廃棄(仮置場に運搬)
4.工場内のゴミ分別
5.工場外のガレキ撤去。
段取りが重要だった。

 まず、全員でやるべきことの認識を合わせ、燃えるゴミの運搬はMさんに任せた。災害ゴミの廃棄は、場所や手続き等が若干厄介なので、Wさんと僕で行くことにした。残ったメンバーで工場内の砂撤去。サブリーダーのKさんに指揮をとって貰うことにした。

 災害ゴミの仮置場だった市民運動場は既に満杯となり、今度は山を切り崩したような場所に廃棄物を置くことになっていた。砕けた瓦が敷き詰められた道にはガラス片もあって、Wさんはパンクを懸念した。個人の車で来るのは、なるべく避けたいところだった。

 ふとWさんが「壊れた工場で働いていた従業員はどうなったのだろう。解雇かな」とつぶやいた。依頼者に聞く訳にはいかないが、雇用を維持できないのは確実だった。

 災害ゴミの仮置場から戻ると、もう昼頃になった。昼食を取り、残作業の確認。

 工場内の砂掻きはほぼ終了。災害ゴミがまだまだ残っていたので、計6名で軽トラとハイエースで運搬した。その間、僕を含めて4人が工場に残り、分別と屋外の瓦礫撤去をした。

 依頼者は「男性は細かい作業が苦手」と思っていたようで、分別作業の依頼を遠慮していたが、「そんなことは関係ない」と決め付けて作業を引き受けた。

 災害ゴミの廃棄に行ったメンバーたちが戻る頃には、僕たちの作業もほぼ完了していた。

 もっとも、屋外の瓦礫撤去でまだやることが残っていたが、依頼者は「炎天下できついし、これをボランティアさんに依頼するわけにはいかない」と言った。

 僕は「きつい、きつくないは関係ないですよ。やった方がいいかどうか、だけです」と答えて、次回以降のボランティアに任せることにした。

 帰りの車中、「リーダーの段取りが良かった」という言葉が嬉しかった。

 曲がりなりにも、毎週末、福島県で震災ボランティアをし始めて、3ヶ月が経った。この間、僕は自分でも人間としての器がひとまわり大きくなったと感じる。間違いなく、人生最良の日々だった。

 山田宏哉記

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