ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3031)

 「その場にいる」という力の復権

 震災を機に「会社に出勤しなくても仕事ができるのではないか」という問いかけが広まった。実際、プログラミングなどは、別にどこでやっても構わないだろう。但し、僕が注目しているのは、むしろ「その場にいる」という力の方だ。

 日本に住む日本人にとっては「会社に出勤しなくても仕事ができるようになった」というのは、実はあまり良いニュースではない。その仕事はたぶん、インドに住むインド人に任せても別に構わないのだ。

 仕事のクオリティが同じなら、人件費が安い方に発注するのは当然のことだ。

 日本で雇用契約を結んで暮らしていくなら、「職場に出勤しないとできない仕事」をした方が賢明ではないかと僕は思っている。出勤しないとできない仕事は、少なくとも、インド在住のインド人には任せることができない。

 出勤しないとできない仕事の典型例は、警察官や消防士などだ。遠隔通信で犯人に警告を発したり、火災現場で放水する3D映像を流しても仕方がない。その場にいないと話にならない。これらの職業であれば、まだ暫くは日本で飯を食っていけるだろう。

 日本人の誰もが「グローバル競争を勝ち抜く」ことなど、できるはずがない。大半の日本人にとって、グローバル化は「失職と賃金カット」を意味する。これが大前提だ。

 ホワイトカラーのビジネスパーソンは、「頭を使った仕事をしている」が故に、「どこでも仕事ができる」ことをプライドの論拠にしていたりする。しかし、グローバル競争の中では、このような中途半端な意識であると、かえって足元を掬われるのではないか。

 だからこそ、グローバル競争を勝ち抜く自信がない日本人は、「その場にいる」ことがモノを言う職業を選択した方が得策だと思う。SEやプログラマーよりも、介護スタッフや重機のオペレーターの方が、先進国に住むメリットを享受できるだろう。

 「人がその場にいることが重要」という仕事のニーズは、結構ある。店舗での接客に関して言えば、全面的にそうだ。

 僕は震災ボランティアで土方みたいな作業をやっているが、案外、「働く」という充実感は、頭脳労働よりも、肉体労働の方があると感じるものだ。自分の知的能力にあまり自信がないなら、肉体労働の方がグローバル化の影響を抑えられると思う。

 「身体を動かす仕事は嫌だ」とか言っていると、もはや職はないし、むしろ身体を動かす仕事の方が「日本に住んでいる」という強みを活かせる。

 今後、日本に住む平均的な能力の日本人は「男は土方、女は接客」を基本にするのがいいのではないか、とすら僕は思っている。

 山田宏哉記

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 2011.8.12 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ