ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3038)

 震災ボランティアの戦友たち 除染作業篇

 先日(2011年8月20日)、福島県のM市(福島第一原発から20〜30kmの緊急時避難準備区域)で震災ボランティア活動をした。

 朝、ボランティア・センターに行くと、端っこの目立たない場所に「保育園での除染補助作業」の貼り紙があった。スタッフの方に「これ、募集していますか?」と尋ねると、返事は「募集してます」。一番乗りで付箋を貼りつけた。

 スタッフの方が小さな声でボソボソと「ボランティアの方には、あまり線量の高くない場所で作業をして頂きます」と説明していたら、アッという間に募集人員に達し、募集を打ち切ることになった。

 さすが「皆が嫌がるところに来る」と公言する人たちではあった。

 作業メンバーは5人。リーダーにはTさんが立候補した。「自分から立候補するなんて、日本人には珍しいタイプだな」と思った。聞けば、Tさんは京都在住で宮城の石巻の現場などにも入っているという。

 除染作業をするにあたり、長袖長ズボンと防塵マスクの着用が必須となった。尚、ボランティア・センターの空間放射線量は、毎時0.45マイクロシーベルト程度、作業現場の空間放射線量は、毎時0.7マイクロ・シーベルト程度だった。

 現場では、除染専門のボランティアの方や保育園の教職員たちが作業をしていて、僕たちはその補助をする、という位置付けだった。僕たちは、保育園の敷地内での側溝・壁面・屋根の除染に2名、幼稚園裏の草刈りに3名入ることになった。

 僕とTさんは、敷地内の除染に入った。まず、側溝の線量が毎時1.5〜3.7マイクロシーベルト程度あったので、蓋を取ってスコップで泥や砂利を掬い出した。

 校庭の表面は重機で5センチ削ることになっていた。聞くところによると、「本当は10センチ削るべきだが、費用の都合で5センチに決まった」そうだ。

 側溝清掃を始めるや否や、Tさんはカメラを持ち出し、「京都の方で必要なので」などと言って、パシャパシャと写真を撮り始めた。これには唖然とした。活動中の写真撮影は厳禁という以前に、ロクに作業もせずに写真撮影に熱中する根性が気に食わなかった。

 さらにTさんはロクに作業もせずに「俺たちは原子力行政の尻拭いをしている」とか「後で一緒に記念写真を撮ろうね」とか話しかけてきた。

 言うことがいちいち勘に触るので、僕は無視した。Tさんをリーダーにしたのは、完全に失敗だった。

 側溝清掃を終えると、次は高圧洗浄機で保育園の壁面の汚れを洗い落とすことになった。そのためにはまず、高圧洗浄機を組み立てる必要があった。これを僕とTさんが担当した。僕もTさんも、高圧洗浄機を扱った経験がなかったので、これがとても大変だった。

 高圧洗浄機を組み立てる途中で、一旦、休憩となった。そうすると、Tさんはカメラを高圧洗浄機に向け、「僕は今、この機械を組み立てています」などと実況を始めた。僕は「この人は何をしに来たのだろう」と思いながら、その光景をポカンと見ていた。

 高圧洗浄機を組み立て後、僕は壁面洗浄を任せてもらえた。高圧洗浄機はライフルのような形状で、トリガーを弾くと高圧の水が噴射された。威力抜群で、白の壁面に向けて噴射すると、水の色が茶色に変わり、みるみる汚れが落ちた。これは非常に痛快だった。

 高圧洗浄機の噴射は壁面の上の方からかけ、徐々に下の方に移していくのが定石だった。塗装が弱くなっているところに噴射すると、バリバリと塗装が剥がれ落ちてしまうので注意を要した。

 高圧洗浄機での洗浄はゴーグルを付けてしたが、屋根の裏から落ちて来た水滴が、ゴーグルの隙間からモロに右眼に入った。「ヤバイ」と思ったが、気にしないことにした。そしたら後ほど「目に水が入ると白内障になる可能性が高くなるから気を付けろ」と注意された。

 高圧洗浄機での作業は遠くから水を噴射するだけでは汚れは完全に落ちなかった。汚れの部分に洗浄機を近付ける程汚れは落ちたが、かなりの水飛沫があがり、眼に汚水が入るリスクが上がるので、あまりやりたくはなかった。しかし、ここで引くわけにはいかなかった。

 昼休み、僕はNさんに「リーダーは写真を撮りに来たとしか思えないですよ」と言った。Nさんは笑って「そういえば、到着してすぐに撮っていましたね」と言った。来てすぐのタイミングでも写真を撮っていたとは知らなかったので、ますます腹が経ってきた。

 午後は保育園の屋根に登り、教員の方と共にデッキブラシで泥を洗い流した。除染と言っても、やることは「大掃除」とたいして変わらない、と気付いた。

 屋根は急勾配で、転落防止の柵もない。さらに手の届く位置に電線が通っていて、触れるわけにはいかなかった。どう見ても「危険作業」で正直、足がすくんだ。

 僕は屋根にしがみつくように移動し、電線に触れないように細心の注意を払い、かなり無様だったと思う。

リーダーのTさんは、いつのまにか「草刈り」の方へ逃亡していた。屋根での危険作業を引き受けていたら少しは見直していたのだが。

 屋根を高圧洗浄機とデッキブラシで清掃した結果、放射線量は毎時2.5マイクロシーベルトから0.3マイクロシーベルト程度まで下がった。教員の方が「作業の成果が数値として見えると励みになりますね」と言った。

 Tさんは相変わらず、"記念写真"を撮っていた。

 仕上げとして地上から残りの壁面を高圧洗浄機で清掃し、作業終了の時刻となった。

 この日でM市での震災ボランティア活動が終わった。収穫は大きかった。自分の中で「人生の岐路に立つ戦い」という位置付けだったが、「この勝負、勝った」と思った。

 山田宏哉記

【関連記事】
震災ボランティアの戦友たち 写真洗浄篇 (2011.8.22)
震災ボランティアの戦友たち 避難準備区域/灼熱の側溝清掃篇 (2011.8.21)
震災ボランティアの戦友たち 避難準備区域/床下泥出し篇 (2011.8.19)
震災ボランティアの戦友たち ブロック塀倒壊篇 (2011.8.12)
震災ボランティアの戦友たち 食品工場対応篇 (2011.8.10)
震災ボランティアの戦友たち 床上浸水総合対応篇 (2011.8.5)
震災ボランティアの戦友たち 街宣車をめぐる騒動篇 (2011.7.27)
震災ボランティアの戦友たち 側溝蓋の開閉篇 (2011.7.20)
震災ボランティアの戦友たち 土嚢袋運搬篇 (2011.7.15)
震災ボランティアの戦友たち 食品工場清掃篇 (2011.7.8)
震災ボランティアの戦友たち 床下泥出し・清掃篇 (2011.6.29)
震災ボランティアの戦友たち 全壊地区の現場リーダー篇 (2011.6.21)
震災ボランティアの戦友たち 原発25km地点の瓦礫撤去篇 (2011.6.20)
震災ボランティアの戦友たち リーダーの責任篇 (2011.6.13)
震災ボランティアの戦友たち 豚小屋解体篇 (2011.6.12)
震災ボランティアの戦友たち 被災家具合法投棄篇(2011.6.6)
震災ボランティアの戦友たち 側溝/ドブ川泥掻き篇(2011.6.5)
震災ボランティアの戦友たち 避難所清掃篇(2011.5.29)
震災ボランティアの戦友たち 合同葬儀準備篇(2011.5.28)
震災ボランティアの戦友たち いわきの夜篇(2011.5.22)
震災ボランティアの戦友たち 被災家具搬出篇(2011.5.21)
震災ボランティアの戦友たち 床下浸水対応篇(2011.5.15)
震災ボランティアの戦友たち "災害ゴミ"運搬&ガレキ撤去篇(2011.5.14)
福島県南相馬市での震災ボランティア体験記(2011.5.5)


 山田宏哉記

Tweet

 2011.8.26 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ