ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3041)

 クレーンの荷の下で

 
能力の低い港湾労働者は、自らクレーンで吊るされた積荷の下に入って作業をするという。もちろん、事故があれば死傷する。

 仕事をする上で、能力の低さをカバーするには、損な役割を引き受けるしかない。

 以前、ある方から「君は自分に自信を持っているようだが、これまでに何を成し遂げたと言うのか。何もないじゃないか。世の中には、君より立派な人がたくさんいる」と言われたことがあった。

 確かに、その通りだと思う。僕は20代を無為に過ごしてしまった。

 僕の震災ボランティアへの肩入が常軌を逸していたのは、たぶん、この言葉が口惜しかったからだと思う。

 正直言うと、それでも僕は自分がそれほど無知で無能だとは思っていない。これがいけないのだろう。つまり僕には、自分の無知や無能さを心底痛感する機会と経験がまだまだ足りていない。

 実務経験においても、残念ながら、「専門性を磨いた」とは言えない。人一倍熱心に仕事に取り組んできた自負はあるが、人材価値は大きく毀損していると思う。

 だからこそ、決意していることがある。

 皆が嫌がる場所に行く。皆が嫌がることをする。皆が嫌がる仕事を引き受ける。専門性を磨くことは諦め、「汚れ仕事」で勝負する方が現実的だろう。

 多くの人が「クリエイティブで、付加価値が高くて、自分にしかできない、やりがいのある仕事」に専念したいと考える。だから僕は、その逆を行く。

 日雇い労働、掃除屋、震災ボランティアでの土方作業。振り返ると案外、僕は3K労働の現場を踏んできた。本職の土方に間違えられることもある。

 そして僕は無能な下っ端だから、瓦礫撤去や側溝清掃のような「誰にでもできる、付加価値の低い仕事」を全面的に引き受ける。

 僕はよく「クレーンの荷の下で仕事をしているか」と自分に問いかける。そういう環境に自分を置いていたいのだ。「3K作業は山田まで」と思われたら、むしろ誇りに思う。

 山田宏哉記

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 2011.8.26 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ