ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3044)

 震災ボランティアの戦友たち 決意篇

 2011年5月3日、宮城県と福島県の津波被害を自分の眼と足で確かめて、東京に戻る途中、友人のY君から電話が掛かってきた。

 Y君曰く「明日、兄貴とボランティアで福島の南相馬へ行く。原発の30km圏内だけど、よかったら一緒に行かないか」。

 突然の誘いだった。但し、微かな予感はあった。Y君は、3月中旬の段階で既に福島県のいわき市にボランティアとして赴いていた。そして、個人として被災者宅の片付けなどをしていた。

 僕はその話に感心する反面、どこかで「自分とは別世界の話だ」と感じていた。それでも、「次にまた行く機会があったら、一緒に連れて行って欲しい」とお願いをしていた。
 そしていざ、その時がやってきた。「是非、一緒に行きたい」。僕は即答した。

 4泊5日の旅から帰る途中で、筋肉痛も酷かった。5月初旬の段階で、原発30km圏内が気にならなかったと言えば、嘘になる。しかし、「行くしかない」と思った。

 出発は翌5月4日の午前4時頃の予定。作業は瓦礫撤去と聞いていた。前日から友人宅に泊めて貰うことになった。

 尤も、作業着と長靴を持っていなかった。作業着はまだしも、長靴だけは確保したかった。

 時間がない。僕は、東京の上野駅に到着すると、片っ端から作業着類を扱っているお店を探した。雨が降っていた。あいにく、大型連休中につき、目星を付けた店はことごとく閉まっていた。

 作業着の店が閉まっていたので、僕はアメ横の通りを歩いて、作業ができそうな衣類を探した。しかし、オシャレを目的にしたような服ばかりが目立ち、重作業に耐えるような機能的な服は見当たらなかった。

 仕方ないので、服は下はジーンズで上は汚れてもいい服で望むことにした。しかし、長靴は譲れなかった。地面には釘類やガラス片が散らばる中、踏み抜き防止は必須だと思った。

 たまたま入ったABCマートで店員に尋ねたら、運良く一足だけ、作業用の長靴があった。

 2010年度の下半期、僕は本業で思うような成果を上げられなかった。もう「ビジネスパーソンとしては終わり」だった。そのため、本業で生きがいを求めることは潔く諦め、他の活動で社会に貢献することに決めた。

 僕はふと、メンターと仰ぐ方が「ビジネスの競争に敗北した人たちに生きがいを与えるのは、非営利活動かもしれない」と言っていたのを思い出した。僕もまた敗北者だった。社会人になって以来、毎日16時間を仕事と勉強に投下してきたが、努力は報われなかった。

 なぜ僕は、これまで人一倍努力してきたつもりのくせに、これほど能力が低いのか。これほど仕事ができないのか。その答えが知りたかった。そしてなぜか、福島で汗を流して瓦礫撤去をすれば、その理由がわかるような気がした。

 本業での出世を諦めると、それまで見えなかった景色が見えてきた。世界には、本人の努力とは無関係に恵まれない人たちがいる。津波で家を流され、原発事故で故郷を追われた人も、本人の責任とは言えない。

 世の理不尽を何とかしたい。僕の中にそんな気持ちが宿った。

 津波や原発事故で生活を根こそぎ奪われた人と比べれば、「なぜ、こんなに努力しているのに報われないのか」と悩むのはバカげていた。

 能力が低いなら、皆が嫌がる場所で瓦礫撤去をして世の中に貢献すればいい。

 何とか友人との待合せ時間までに、南相馬に行く準備を整えることができた。そしてその夜、僕は友人宅に泊めさせて貰った。

 友人は建築現場等の経験があり、当然のようにツナギ(作業着)も長靴も持っていた。

 「雨なら衣類とかの洗浄だってさ。でもやっぱり男なら、瓦礫撤去がいいよね」

 友人が言った。僕には汗を流しながら建築現場で叩き上げてきた友人が、とても眩しく見えた。

 確信はなかった。確信はなかったけれども、夜が明けたら、人生最良の日が訪れるような気がしてならなかった。

 山田宏哉記

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 2011.8.26 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ