ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3047)

震災ボランティアの戦友たち 再開/家財道具搬出篇
 
 先日(2011年9月10日)、福島県I市で震災ボランティア活動をした。

 僕が行っていた福島のボランティア・センターは8月で閉鎖になった。「これで終わり」と思っていたが、規模を縮小してまた始まることになった。そして今度は災害ボランティアの経験者のみの募集となった。

 朝、ボランティア・センターに行くと、だいぶ勝手が違っていた。受付も作業のマッチングも外のプレハブ小屋で行うことになり、来る人も少なくなった。

 家財道具の搬出案件10名の募集がかかったので応募。僕たちは、地域に根付いている神社の神主さんたちの活動をサポートするという立場で出かけた。

 僕は埼玉から来た男性1人、女性2人のグループの車に乗せて頂いた。金融機関で働いている仕事仲間のようだった。既に十数回来ているそうで、既にどこかでお会いしている可能性が高かった。

 まずは神社の方に挨拶し、そこから依頼者宅に向かった。現場の依頼者宅に行く途中、殆どの家が全壊した場所を通った。

 初めて訪れた今年5月にはまだ辺り一面が瓦礫の山で、強いショックを受けた。震災から半年が経ち、瓦礫は大凡撤去され、辺りには何もなくなっていた。

 この辺りは、津波で壊滅的な被害を受けた上に、火災が起きた。焼け焦げたスクールバスや自動車は放置されたままだった。福島第一原発からの距離は約30kmになる。


 現場には既に別の団体が作業に入っていて、既に作業を開始していた。そのため、正直言うとやりにくかった。

 仕方がないので、作業範囲や内容、依頼者の要望を確認しないまま、取り敢えず流れて来た家財道具を運んだ。

 本来はこういう仕事の進め方はしたくないし、するべきじゃないと思っている。大抵、余剰人員や手戻り(作業のやり直し)が発生して、全体の効率が非常に悪くなる。

 作業分担は、男性が家財道具を運搬し、女性がそれを分別をするという感じだった。被災宅は解体予定のようで、家の中にあるものは、全て運び出すことになった。家具、布団、家電、畳、窓枠等、僕たちは手当たり次第に運び出した。

 中には、ちょっと微妙な人もいて、開かなくなった押入れのふすまを派手に蹴飛ばしたり、2階の屋根から強引に畳を落としたりした。畳を落とすのは酷いので、僕が下で受け止めたが、身勝手なやり方をすると、他のメンバーを危険に晒す。

 本来は10人くらいでやる作業に30人くらいが投入されたため、昼食を食べる頃には、搬出作業は大方終わった。

 昼休み中、地元の年配の女性と話をした。僕が東京から来ていて、活動日数が20日程と言うと、やたら恐縮されて、お礼を言われた。正直、「言わなきゃ良かった」と思った。

 午後、残りの家財道具の搬出を終え、砕けたガラスの破片を集め、現場の掃き掃除をして、作業終了。予定よりも随分と早く終わった。人の数が過剰で、依頼者の要望もよくわからないままだったので、達成感はあまりなかった。

 ボランティア・センターに戻ると、かつて一緒に作業をしたKNさんがいたので雑談をした。今回は、社長に事情を話して有給休暇を取ってきたが、「『他の社員には体調が悪くて休んだ』と説明して欲しい」とお願いしてきたそうだ。

 おそらく、KNさんも「自分は立派なことをしている」とは思っていない。毎週、東京から被災地に足を運ぶような人は、たぶん、皆そうだと思う。

 そんなKNさんの姿勢に感心しながら、僕はボランティア・センターを後にした。

 山田宏哉記

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 山田宏哉記

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 2011.9.10 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ