ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3050)

 震災ボランティアの戦友たち 日常への回帰篇
 
 一昨日(2011年9月23日)、福島県I市で震災ボランティア活動をした。

 ボランティア・センターで紹介された案件は「引越し」。依頼者は、市街地での避難生活を終え、津波被害を受けた自宅に戻るのため、家具や家電を運ぶお手伝いをすることになった。

 メンバーは僕を含めて5名で全員男性。リーダーは僕が務めた。資材はスコップ類と土嚢袋50枚を持参。別途、軽トラが1台用意された。

 まずは市街地のアパートへ行き、依頼者に挨拶。近隣住民に迷惑を掛けないよう、アパートから離れた場所に駐車し、そこまで洗濯機と冷蔵庫を運ぶことにした。

 軽トラに家電を積み、ロープで縛り、依頼者の方に車で先導して頂いた。

 依頼者の親族には、原発から10km時点に住んでいて避難してきた方や、介護が必要な方がいた。津波で大規模半壊した自宅の修理は進んだものの、「先が見えない。あまり先のことは考えないようにしている」という言葉が重かった。

 依頼者の自宅の2、3軒隣までは津波で全壊していた。震災当日、依頼者も避難して「家は残っていないだろう」と諦めていたという。後日確かめに来たら残っていたので、泣いて喜んだそうだ。

 その一方、依頼者宅には、津波で大量の泥が流れ込んでいた。そして、既に誰かが家の中に入った足跡も残されていたという。

 津波被害は本当に紙一重で、全壊した家の隣の家は、殆ど被害がなかったりする。

 依頼者の方には、大工の腕が重要だと教わった。地元の人は「腕の良い大工が建てた家だけが残った」ことに気付いていて、特定の大工さんに仕事の依頼が集中しているそうだ。

 依頼者のご自宅の庭にトラックを入れ、洗濯機と冷蔵庫を所定の場所に設置した。

 また、食器棚と食器類を近所から運搬した。これで引越しのメインの部分は完了した。

 別件で「裏庭の砂利の臭いが気になる」とのことだったので、表面の砂利を剥がすことにした。僕にはあまりわからなかったが、浜の方から風が吹いて、色々と物質が飛来してくるようだった。

 砂利はジョレンで掻き集め、角スコップで掬い、土嚢袋に詰めた。これを3人で手分けして行った。僕はスコップを担当したが、つい土嚢袋に詰め込みすぎ、後で運ぶのに苦労することになった。

 砂利の詰まった土嚢袋を軽トラに積んだところで昼休みにした。

 有難いことに、依頼者の方が弁当、おにぎり、サンドウィッチ、飲み物類を用意して下さった。僕たちは好きでやっているので、この種の気遣いを期待しないが、もちろん提供されれば、ありがたく頂く。

 依頼者の方は当初は親戚一同で津波被害を受けた自宅の片付けをしていたという。それではキリがないので、ボランティアを利用するようアドバイスを受け、以来、のべで約300名のボランティアが作業で入ったという。

 午後、で僕たちは全員で砂利とコンクリート類を災害ゴミの仮置場に運んで廃棄した。「申請用紙を忘れる」というミスがあったが、メンバーが上手くカバーしてくれた。

 元々の依頼案件はこれで終わりだが、追加で荷物の移動を請け負い、これも完遂。依頼者の期待を上回る成果を出すことができたので、一応、現場リーダーとしての任は果たせたと思う。

 震災から既に半年が経った。避難から戻る人はまだまだ少ない地域だが、「日常への回帰」が進む被災者もいる。

 自宅が津波被害を受けた被災者は、「家を解体するか、現状保存するか」で、明暗が分かれている。現状保存する側は、家の修理が進み、また元の場所で暮らすことができる。

 だから今、やることがある。一方、家を解体する被災者は「解体の順番待ち」や「緑地化計画」等のために、今は動けない。そして、僕たちが関わることができる部分は、本当に限られている。

 被災者であれ、震災ボランティアであれ、結局は「自分にできること」に集中するしかないのだ。

 山田宏哉記

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 山田宏哉記

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 2011.9.25 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ