ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3054)

 震災ボランティアの戦友たち 開かずの家篇
 
 先日(2011年9月24日)、福島県I市で震災ボランティア活動をした。

 ボランティア・センターで紹介された案件は、地震被害で解体予定の家の片付け。部屋の住人は諸般の事情で立ち会うことができず、依頼者は大家さんだった。震災以降、一度も立ち入られておらず、冷蔵庫の中のものも、そのまま放置とのことだった。

 募集人員は20名。この日1日で片付けたい案件だった。リーダーは経験豊富なIさんが務めた。スタッフの説明では、臭いは近隣住民から苦情がくる程ではないそうだった。

 現場に向かう途中、地元出身の運転手の方に「I市なんて、来る機会なかったでしょう」と言われて、図星だった。僕は震災以前、殆ど東北地方に行くことがなかった。ひどい話だが、震災前は特に行く理由がなかった。震災で初めて、行く理由ができた。

 現場の家は平屋でいわゆる「文化住宅」風だった。急斜面の近くに建ち、明らかに傾いていた。家の前には市によってブルーシートが敷かれ、地滑りの原因にもなる雨水の吸収を防止していた。そして僕は、住人の「諸般の事情」を思い、気分が沈んだ。

 あくまで一般論として言えば、被災者の中にも当然、要介護者や障害者、入院者がいる家庭があって、その生活は本当に大変だ。

 ボラセンで最初に紹介された案件は、地震被害で解体予定の家の片付け。部屋の住人は諸般の事情で立ち会うことができず、依頼者は大家さんだった。震災以降、一度も立ち入られておらず、冷蔵庫の中のものも、そのまま放置とのことだった。

 リーダーのIさんは道を間違えて、現場に来るのが遅れた。待っていても仕方がないので、僕たちは作業を開始した。部屋に入ると、荷物が散乱気味で、モワッとした臭気が漂ってきた。

 僕は大物の家具や家電から順に家の外に搬出した。タンス、アナログTV、布団、障子、物干竿、椅子…。衣類や食器類はまずは家の外に出し、主として女性の方に分別して頂いた。とにかく物が多かったので、早く軽トラに乗せて、仮置場に運びたかった。

 軽トラに荷物を積み込むと、リーダーのIさんは軽トラに乗ってサブリーダーと共に現場を離れて、仮置場に行ってしまった。この時点で僕たちは、ようやくリーダーの人選が誤っていたことに気付いた。リーダーはあくまで現場に立つべきなのだ。

 ちょっとした悲鳴とともに、台所から冷蔵庫が運び出されてきた。とたんに、辺りに刺激臭が漂った。嗅覚の鈍い僕でもきつかった。野菜室の中の食料は、「黒い液体」と化していた。女性のメンバーがビニール袋で何重にも包んだ。

 冷蔵庫を運んだ際、「黒い液体」がズボンに付着したメンバーもいた。気の毒なことに、そのメンバーは昼休み、ホームセンターまでズボンを買いに行き、履き替える羽目になった。

 平屋建ての住宅の割に、廃棄物の量が多く、昼休みを終えると、いよいよ廃棄物の運搬が間に合わないことが明らかになってきた。

 災害ゴミを捨てる場合、運搬能力がボトルネックになることが多い。軽トラを2台用意していたが、積載量が350kg。しかも、廃棄場所への往復に90分くらいかかった。

 そして僕は午後、現場の臭気のせいか、だんだん気分が悪くなった。

 軽トラでの運搬は1台が2往復半、もう1台が1往復半して時間切れ(清掃場所の受付時間が終了)となった。個人の自動車でも廃棄物を運搬したが、それでも間に合わなかった。

 結局、廃棄し切れなかったゴミ類は、現場の家の中に残して撤収することになった。申し訳ないことに、冷蔵庫の中の「黒い液体」も現場に残してきた。後は、依頼主の大家さんか、次のボランティアが今回の作業の残骸を処分することになる。

 何とも中途半端で、後味の悪い幕切れだった。

 山田宏哉記

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 山田宏哉記

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 2011.10.2 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ