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 サイバー・ラボ・ノート (3059)

 瀧本哲史(著)『武器としての決断思考』覚書

 瀧本哲史(著)『武器としての決断思考』(星海社)を読んだ。

 意思決定(争点に決着をつける)のための実用書だ。ディベートの技術を根底に据えていて、レベルは非常に高い。著者の論理や思考の言語化能力には驚かされる。評判になっているが、それだけの内容ではある。

 瀧本氏は本書のガイダンスで「知識・判断・行動」の3つをつなげることの大切さを論じている。

 本書でメインに扱うのは、その中でも「判断」の問題であり、基本的に二項対立の問題になる。「賛成か、反対か」あるいは「やるべきか、否か」。

 本来であれば、「判断」の前のプロセスとして、何が決定的に重要な問題(争点=イシュー)かを洗い出し、見極める必要がある。争点が的外れだと、決断が正しくても意味がない。

 この部分を詳しく理解したい人は、安宅和人(著)『イシューからはじめよ』(英治出版)を読んで欲しい。瀧本氏も安宅氏も共にマッキンゼー出身だ。

 本書で紹介されている争点ではないが、例として、「ウェブでは実名で通すべきか、否か」を考えたい。

 初めにやるべきは、言葉の定義を厳密にすること。"ウェブ"とは何を指しているのか。クレジットカードによる決済が必要なオンライン・ショップを実名で利用するのは当然だし、これは議論の余地がない。

 "実名"も人によって定義が異なる。実名は戸籍名とイコールとは限らない。筆名はありなのか、旧姓を用いるのはどうか。これは本質的な問題ではない。

 僕たちが普通、"実名問題"と呼んで問題にしていることは、要するに「現実世界(物理世界)で用いる氏名(ID)とウェブ上での氏名(ID)を一致させるべきか、否か」という問題だ。

 「ウェブでは実名で通すべきか、否か」という争点を、より厳密に定義して言うと「ウェブ上で、不特定多数の公衆に対して自らの意見を表明する場合、現実世界(物理世界)で用いる氏名(ID)を使うべきか、否か」という争点になる。

 「言葉を厳密に定義する」ためには、高度な言語化能力が必要で、「決断」のためにはこの部分が肝だったりする。「ウェブでは実名で通すべきか、否か」レベルの定義では、曖昧すぎて、あまり有益な議論が期待できない。

 言葉を極力、厳密に定義するのは、決断のための第一歩だ(この部分は"暗黙知"で、本書でも充分には説明されていないし、僕も上手く説明できない)。

 二項対立の意思決定(争点決着)のためには、「メリットとデメリットを比較する」のが常道だ。但し、多面的にメリットとデメリットを列挙するのは、とても難しい。

 現実世界の氏名をウェブでも用いるメリットとして、何より大きいのは「ウェブ上での自分の実績が、現実世界の自分の実績とリンクする」という点だ。

 自分が何か有益な知見を発見し、それをウェブに掲載する場合、自分の名前を使えば、現実世界の自分とリンクする。匿名を用いると、それは現実世界の自分とはリンクしない。

 反面、実名を用いることによるデメリットも、当然、存在する。

 ウェブ上で不適切な発言などをした場合、その責任は現実世界への自分にも降りかかってくる。「匿名であれば、何を言っても構わない」というわけでもないが、ウェブで不始末をした場合、実名を用いる方が被害は大きくなる。

 本書ではさらに踏み込んで記述されているが、大雑把に言うと、メリットとデメリットの「重み」を比較する。

 「ウェブでの実績を現実世界の実績に積み上げることができる」というメリットを重視するか、「ウェブでの不適切発言によって、現実世界でも制裁を受ける可能性が増える」というデメリットを重視するか。最後は、「主観」で決めるしかない。

 人生は有限だ。少なくとも、ウェブでの活動が自分の実績にならないことに、僕は耐えられない。

 だから、僕は実名で通している。個人的には、成果を上げることに自信がある若者には、リスクを承知の上で、ウェブでは実名で通すことを強く勧めたい。

 現実問題として、殆どの日本人は「ウェブでの不適切発言によって、現実世界でも制裁を受ける可能性が増える」というデメリットを重視して、ウェブでは匿名で振舞っている。

 攻めよりも守りを重視する、消極的な日本人の習性でもあり、僕がとやかく言うことではない。

 「人生観が違う」というのは、随分とオブラートに包んだ言い方だ。もっと正確に言うと、"人生の有限性"に対する切迫感が違うのであり、日々を生きる真剣さが違うのだ。

 話が大きくなってしまったが、意思決定ひとつで人生が変わることもある。そんなことを考えさせられる著書だった。

 山田宏哉記

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 2011.10.15 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ