ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3060)

 人間固有の能力、動物としての強さ

 あまり表立っては言われないが、仕事をする上で決定的に重要なのは、資格でもなければ、専門知識でもない。技能の高さや実務経験の豊富さ、ですらない。

 焦点を合わせるべきは、「実績を出すこと」の一点である。

 では、実績とは何か。ビジネスパーソンの場合であれば、「組織への貢献度が高いアウトプット」と定義できるだろう。

 もっと定量的に表現するなら、実績とは「損益への貢献度が高いアウトプット」のことだ。

 実務経験の豊富さや技能の高さ、あるいは専門知識や資格は、実績を出すための手段として必要になる場合がある、というだけの話だ。僕自身、漠然と実務経験を神聖視していたが、それだけで価値があるわけではない。

 もちろん、普通の日本企業は、「実績だけを問う」ということをしない。一言で言えば、それは「甘い」からだ。だから、職務遂行能力や技能の高さ、意欲や専門知識、努力するプロセスを評価対象にする。

 しかしやはり、国境を超えた競争が激化する中で、焦点を合わせるべきは「実績を出すこと」の一点である。

 僕は、最近ようやく「(世界基準で見て)報酬に見合った仕事をしている」と思えるようになった。これまではパフォーマンスと比べて貰い過ぎだった。

 日本では年収300万円の仕事でも、ドル換算すると3?4万ドルとなり、マニュアルレイバー(単純労働者)の世界相場2万ドルの2倍弱にあたる。つまりそれだけのパフォーマンスが要求される。日本人はこの点を忘れない方がいい。

 では、仕事で実績を出すために必要な条件は何か。たぶん、一言で言えば「強さ」だ。
 動物的な感覚、ハッキリ言えば獲物を捕らえる肉食獣のような強さが必要だ。動物として強さに加えて、言葉と数字と抽象的思考を扱う能力に長けて初めて、おそらく圧倒的な成果を出すことができる。

 大抵の人は、人間固有の能力もさして高くなく、動物としても弱い。だから、特筆すべき実績を残せない。

 仕事には大抵、泥臭い部分があって、人間固有の理屈に長けているだけでは、大抵、仕事を上手く進められない。

 エクセルの操作が得意とか、パワーポイントで綺麗な資料を作ることができる、というのは、実は瑣末なことなのだ。そういう作業が得意な(だけの)人はいくらでもいる。日々のオペレーションを回す上では重要だが、さして付加価値のあることではない。

 動物としての強さを伸ばすための経験や学びは、正規の学校教育の外側にある。

 今日の教育では、人間に固有の能力(言語、計算、専門知識)を伸ばすことに特化し、動物としての強さ(基礎体力、勝負強さ、異性のパートナーを見つける能力)を伸ばすことを殆ど考えない。

 でも、仕事のパフォーマンスと相関関係が強いのは、人間固有の能力よりも、動物としての強さの方だ。だから、「学校の成績が良くても、仕事で実績を出せない」という人は、たくさん存在する。

 おそらく、テストで点数が良かった生徒よりも、授業中に真っ先に挙手して自分を意見を主張した生徒の方が、仕事ができる。国境なき競争が広がる中で、このような傾向はますます強くなるだろう。

 仕事で差が付くのは、人間固有の能力というより、実は「動物として強いか、弱いか」という部分だ。これをオブラートに包むと「コミュニケーション能力が大切」という話になる。

 動物として、強いこと。実務の世界で3年半を過ごした今、僕はこの大切さを痛感する。

 山田宏哉記

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 2011.10.16 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ