ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3070)

 "前例踏襲"に立ち向かい、"実績"をつくる

 今週、自分が着想・決断したことを、関係者に提案を通し、実施の段取りをつけ、作業を完遂した。

 もっとも、自分のやりたいことを提案してやるのは、日常的にやっている。但し、今回は巻き込んだ関係者の数と影響範囲が過去最大で、かつ責任もあったので、完遂した時はこれまでとは違う充実感があった。

 "前例"がない案件で、関係者は殆どが立場が上の人だったので、かなり強引にプッシュしないと、提案を通すことができなかったと思う。

 たぶん、「山田が言うなら」という部分がかなり大きかったはずで、こういう時こそ、普段の仕事を着実に遂行していることが重要になると痛感した。

 以前、瀧本哲史氏の著書の気付きを書いたところ、ご本人から「人を雇うときには、『過去の実績でご自身の判断、行動によって組織に大きく貢献したものを教えて下さい』と聞きます。そうすると驚くほど『実績』のない人が多い」というメッセージを頂いた。

 以来、僕は、専門知識でも実務経験でもなく、"実績"を出すことに集中するようになった。極端な話、僕は自分で提案した案件だけが、自分の"実績"になり得る考えている。

 組織で働いていると、どうにも"前例踏襲"の圧力が働きやすい。僕自身、そうだ。

 例えば、ビジネス文書にしても、意味や必要性がよくわからなくても、とりあえず日付の部分だけを変えて、同じものを使い回したりする。

 それが無難であることは、僕もわかっている。「身に覚えがない」とは言わない。

 誰もが改善や見直しの必要性に気付いていても、「自分が責任を負ってまで、やるべきことじゃない」と考え、放置したままになったりする。

 "前例踏襲"に立ち向かうのは、本当に大変だ。

 だからこそ、"前例踏襲"の文脈からは出てこない提案には価値があるし、それを実現に結びつければ、"自分の実績"と呼んでいいと僕は思う。

 もっとも、市場価値に照らして判断すれば、今回の僕の提案も、それほど大きな仕事ではないと思う。単なる「改善レベル」と言われれば、それまでだ。

 それでも、「企画提案を通すノウハウ」や「関係者の巻き込み方」などを、経験を通して身体でつかめたことは僕にとっては大きな収穫だ。主観的には「圧倒的な成果」だ。

 これから更に実績を積み重ねる上で、良い足がかり、良い前例になったと思う。

 山田宏哉記

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 2011.11.16 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ