ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3073)

 長時間労働の落とし穴

 僕は仕事をしている時間(原稿執筆やウェブの運営等を含む)が割と長い方だと思う。何度か書いているが、社会人になって以来、仕事+自主学習で1日16時間を確保するようにしている。

 それでも別に、「長時間労働が偉い」とは思っていない。何時間働こうが、成果を出せなければ意味がない。

 ところで、長時間労働を自分の拠り所にしているような人もいる。

 僕は当初、長時間労働をするのは、とても「頑張り屋さん」で「価値の高い仕事をしている」と思っていた。しかし最近、必ずしもそうではないことに気付いた。

 実は、「"後ろめたさ"から長時間労働をする」というケースがある。

 何が後ろめたいのか。それは「価値の高い仕事をしていない」ということだ。もっと露骨に言えば、「給料や職務に見合う仕事をしていない」ということだ。

 振り返ると、エクセルのvlookup関数も使いこなせない人が、連日、深夜まで残業していたりした。きっと、関数を使えば3分でできる作業に何時間もかけて、「頑張ったつもり」になっていたのだろう。

 長時間労働で忙しさを装ってごまかす。深夜までの残業や休日出勤で、給料分の仕事をしていない後ろめたさを紛らわせている。そうやって必死に、ポジションにしがみつく。
 実は、そういうことだったのだ。

 職場に最後まで残っている人は、何となく「偉い」ように見える。それが落とし穴だ。

 「忙しい」という言葉に騙されてはいけない。単に、仕事の段取り悪く、技能が低いだけの話かもしれないのだ。

 本来であれば、やはり遠慮せずに「あなたは毎日長時間労働をしているけど、価値の高い仕事をしているんですか? 成果は出ているんですか?」と問いかけなければならない。

 もはや「労働時間に比例して成果が上がる」という時代ではない。むしろ、担当レベルの仕事であっても「アイディアと決断」こそ、価値の源泉になることが多い。

 他の人には思いつきもしないことで、なおかつ、損益や顧客満足への貢献度が高いものを具現化する。睡眠不足で長時間労働をしたからといって、できるものではない。

 僕自身、「ひらめき」が得意で、それを仕事に結びつけている。(貢献度が高い)「圧倒的成果」は、大抵、「ひらめき」が元になっている。

 いずれにしても、長時間労働をするなら、モラルの問題として、成果をオープンにする必要があると僕は思う。これができないなら、さっさと帰宅して寝た方がマシだろう。

 山田宏哉記

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 2011.11.16 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ