ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3074)

 "コミュニケーション能力"の正体

 先日(2011年11月23日)、六本木の東京ミッドタウンで開催された慶應大学SFCのオープンリサーチフォーラム2011(ORF)に行ってきた。

 内容は非常に充実していたのだが、ある研究室の学生と「コミュニケーション能力」について議論した。

 僕は「"コミュニケーション能力"の定義は人によって全然違う」という趣旨の話をした。僕の関心は「自分には"コミュニケーション能力"があるのか。ないとしたら、どう高めていけばいいのか」という点に集中していた。

 彼の答えは意外なものだった。曰く「(人によって定義が違うので)他人から"コミュニケーション能力が低い"と言われても、気にする必要はない」。

 目から鱗だった。そして僕は彼の言葉で、日本企業が定義する「コミュニケーション能力」に思いが至った。

 日本企業で言う"コミュニケーション能力"とは、端的に言えば「上司に好かれる力」のことだったのだ。そう考えると、これまでのモヤモヤが晴れた。

 例えば、日本企業の新卒募集要項では、多くの場合、「コミュニケーション能力が高い人」を挙げている。曖昧模糊として、何のことだかわからない学生が多いだろう。

 これは要するに「上司に好かれる人」を募集しているのだ。さすがに大々的に「上司に好かれる人」とは書けないので、オブラートに包んで表現しているだけの話だ。

 日本のビジネスシーンで言う「コミュニケーション能力が高い/低い」とは「俺はお前を気に入っている/お前が気に食わない」という意味だ。少なくとも、気に食わない人を「コミュニケーション能力が高い」と評することはあり得ない。

 仕事をする上で、上司に気に入られるのは必須だ。とはいえ、どんな人が上司に好かれるかは、一概には言えない。「仕事そのもの」を重視するマネジャーもいれば、「酒の席での振る舞い」のような属人性を重視するマネジャーもいる。

 例えば僕は、自分の企画・提案を完遂したり、仕事を進める上での関係者との調整能力、ビジネス文書の作成能力などは高い方だと自分でも思っている。

 逆に、お酌をして回るなど、酒の席での振る舞いのような分野にはめっきり弱い(但し、僕はこれは仕事ではないと思う)。

 更に言うと、僕は職場では「仕事に関係のない話はしない」主義だ。天気の話もしない。また、職場の人間関係は、職場で完結させるべきだと考えている。

 日本企業でこういうスタンスを取るのはどちらかと言えば損だが、その分、「仕事そのもの」で成果を出すように心掛けている。

 こういう場合、「仕事そのもの」をジャッジをする人から見ると、僕は「コミュニケーション能力が高い」となるが、酒の席でのマナーのような属人性を重視の人からすると僕は「コミュニケーション能力が低い」という評価になる。

 仮に上司に「"コミュニケーション能力"が低い」と言われたら、"コミュニケーション能力"の定義を質問し返してみるといい。言葉を濁して、正確には答えられないはずだ。

 理由はハッキリしている。「お前が気に食わない」という私情を正当化するために、"コミュニケーション能力"なるものを持ち出しているからだ(更に言えば、この種の人はそもそもマネジャーの器ではない)。

 要するに「コミュニケーション能力」なるものは、実体が存在しない。

 個人的には、仕事を進める上で必要な情報の入手・処理・展開ができていれば、特に問題はないと思う。「元気な挨拶」とか「酒の席でのマナー」とかは、不要とは言わないが、本質的な話ではないだろう。

 気付いてしまえば、たったこれだけの話だった。

 今まで散々、"コミュニケーション能力"なる幻影に振り回されてきたのが、何だか馬鹿みたいだ。

 山田宏哉記

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 2011.11.27 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ