ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3075)

 藤本篤志(著)『社畜のススメ』覚書

 藤本篤志(著)『社畜のススメ』(新潮新書)を読了した。タイトルは奇をてらっているが、痒い所に手が届く内容だった。

 僕は、本書の主張にほぼ同意する。そして、僕にはまだまだ「社畜度」が足りないと反省した。

 社会人としての歩みを始めて、しばらくは「会社人間にはなりたくない」と思っていた。それはとてもカッコ悪いことに思えた。組織で働かなければ、生計を立てることができない自分を直視できずにいたのだと思う。

 僕はウェブサイトの運営や株式投資でも多少のお小遣いを稼いでいるが、それだけでは食べていくには程遠い。やはり、勤労所得がメインの収入源だし、そのことをキチンと受け入れなければならないと思うようになった。

 組織で働く以上、やはり歯車としての役割を担わなければならないし、理不尽な命令にも服従しなければならない。上司に恵まれないこともある。

 そして、自分がいなくても組織は回るし、代わりはいくらだっている。ここを綺麗事で誤魔化したりはしない。

 「僕がいなくても会社は回る」とは常に自分に言い聞かせている(但し、僕がいると仕組みや損益、顧客満足度が改善する傾向はあると思う)。

 雇われて生きる以上、「自分らしさ」とか「やりがいのある仕事」を求めるのは確かに筋違いな気がする。

 まずは、社畜として愚直に働き、給料分の成果を出すこと。ビジネスの世界では、このハードルを越えられない者に人権はない。

 最近は、社畜をバカにする風潮があるが、大半の日本人は社畜として生計を立てるしかない。たかだか月に数十万円のサラリーを稼ぐために、自分を捨て、組織の歯車として規律と命令に服従する。

 正社員と非正規社員という言葉があるが、これは「正社畜」と「非正規社畜」と言い換えることができる。就活においては、「正社畜」のポジションをめぐって壮絶な争いが繰り広げられている。

 僕自身、他人の嫌がる仕事を全面的に引き受ける社畜だ。その見返りとして、会社様から餌を頂戴して食いつないでいる。

 「情けない」と言われればその通りだし、昔、思い描いていた自分はこんな姿ではなかったような気もする。でも、これが僕の実力だった。

 ある時、不本意なことがあって「嫌なら辞めていい」と言われても、僕は会社を辞めなかった。組織にしがみついた。当時、僕の実力と実績では、他に行く場所なんてなかった。独立も無理だった。

 こうして僕は、正真正銘の社畜になった。

 口が裂けても、「本当の俺はこんなものじゃない」などとは言わない。自由に生きるためには、僕には「稼ぐ力」が決定的に足りない。まずはこの現実を直視する必要がある。
 このことを忘れないため、ツイッターの僕のプロフィール欄にも「社畜」と記すことにした。
 
 若者諸君! 組織の歯車となり、服従に誇りを持ちたまえ。社畜たるもの、このことに喜びを感じなければならない。

 山田宏哉記

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 2011.11.28 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ