ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3083)

 なぜ、あの人は"お荷物"なのか

 人間が集まって組織を作ると、大抵、"お荷物"となる人が出てしまう。仕事の場であれば、そういう人は"給料泥棒"と陰で呼ばれることになる。

 実社会で働いている人であれば、誰しも、具体的な顔が浮かぶと思う。

 一緒に仕事をしていれば、厳然とした能力や素質の格差を見せつけられる。キーパーソンと目される人もいれば、"お荷物"と思われる人もいる。この暗黙の評価は、たぶん本人が一番良くわかっている。

 組織の中で"お荷物"になってしまうのは、本人の責任なのか、仕方がないことなのか。それはよくわからない。わからないが、自分より真面目で努力する人が、全然成果を出せないのを見るのは、結構辛いものだ。

 頑張っているのに、報酬以下の貢献しかできていない人は、やはり普段、居心地が悪そうで、とても気の毒に思ってしまう。

 ビジネスの人間関係はとてもシビアで、"給料泥棒"のことは、誰もまともに相手をしなくなる。そのため一旦、"給料泥棒"に転落すると、実質的には社内失業状態となり、給料以上の仕事をするのが更に難しくなる。

 "お荷物"の人に仕事の依頼が来ない理由は単純で、仕事のクオリティの低さが許容範囲を越えているからだ。重要なデータには触れさせられないし、顧客とやり取りをさせるわけにもいかない。

 「掃除や片付け以外はやらせたくない」というのが皆の隠れた本音なのだと思う。

 "お荷物"の人は、足でまといになるだけで、「いない方がマシ」のことも少なくない。

 仕事のできる人に、どうでもいい質問(「締切は17時ですが、時間ピッタリの場合はセーフですか?」とか「タバコの包装は燃えるゴミですか?」とか)をして、手間を取らせるのは、その最たるものだ。

 僕自身は、報酬以下の貢献しかできていない人を叩こうとは思わない。以前は自分が生き残ることで精一杯だったけれども、最近は少し余裕ができた。

 むしろ、"お荷物"の人の分の食い扶持も、僕が稼ごうと思っている。更に、自分のできる範囲で、"お荷物"の人にも再起のチャンスやキッカケを与えたいと思う。

 これも一種のボランティア活動だろう。僕自身、人生の大半を通して、その種の"お荷物"だったような気がする。

 山田宏哉記

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 2011.12.16 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ