ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3087)

 有償サービスに求められるのは「体験」である

 実生活でこんな趣旨の話をする機会があった。

 「もう、表現やコンテンツでお金を稼ぐ時代ではないのかもしれない。それより『体験』を提供するビジネスモデルの方が有望。人々は、ウェブの有料コンテンツにはお金を惜しんでも、ラブホテルには気持ち良くお金を払う。」

 「クリスマスのシーズンになれば、例えばひとり1万円以上するクルーズなどがすぐに予約で埋まってしまう。お金はあるところにはあるのだが、それは例えば毎月¥500の有料メルマガのところには流れないのだよね。」

 「クリスマス・シーズンのせいか、薬局に行ったら0.02ミリの合成ゴムの店頭在庫が少なくなっていた。」

 他にも、劇団四季のチケットを取ろうと思ったら、例えば『ライオンキング』などは最上位席から格安席まで予約がびっしり埋まっていて、ビックリしてしまった。

 では、劇団四季の公演を録画してウェブの有料コンテンツにしたら、どうだろうか。僕は案外、「誰も見向きもしなくなる」と考えている。

 ウェブ系の有料コンテンツが不振の割に、劇団四季の演劇が人気であることを考えると「人々は生で体感/体験できることにはお金を惜しみなく払うが、バーチャルな閲覧にはお金を払わない」という結論になる。
 
 劇団四季の例で言えば、人々は主として「家族や恋人、友人と劇場に足を運んで鑑賞する」というプロセスの体験に対して、お金を払っているのだ。

 重要なのは、ここでは公演の内容は"添え物"でしかないことだ。おもしろかったら「良かったね」という話で盛り上がり、つまらなかったら「微妙だったね」という話で盛り上がる。

 この場合、人々は誰かと同じ時間を共有することに対してお金を払っているのであって、実は作品そのものに対してお金を払っているのではない。

 ウェブが普及する前は、「体験」と「作品の内容」を区別できなかったし、区別する必要もなかった。

 でもウェブの普及以降、明らかになっているのは、人々がお金を払う対象は、(コンテンツではなく)主として「体験」だということだ。これは僕自身の感覚ともほぼ一致する。

 今、「質の高い情報」を提供しようとする有料のウェブ系メディアは軒並み袋小路に陥っている。彼らは「更に質の高い情報」を提供することで、マネタイズしようと躍起になっている。

 しかし、「人々は質の高い情報を求めている」という想定そのものが、実は間違っているのだ。そうではない。人々がお金を払ってでも求めているのは、「新鮮な体験」なのだ。
 
 だから、例えば僕が有料イベントを企画するなら「参加者の話を聴く」とか「参加者の作品のレビュー」を主軸に据えたいと思う。一般向けの僕の記事や話はすべて無料だが、参加者(の作品)への個別フィードバック(レビュー)を有料にする。

 一方通行型のコンテンツ(TV、新聞、雑誌、書籍等)が衰退し、参加型のプラットフォーム(ウェブ、ゲーム、ソーシャルメディア、ライブ、演劇等)が台頭してきた意味の考察が不充分だったと言わざるを得ない。

 たぶんもはや、表現者の一方的な自己顕示欲に対して、お金を払う時代ではないのだ。

 根本的な話をすると、人間の基本的な感情として、「自分のことが可愛い」とか「他人に自慢したい」とか「劣等感を克服したい」というものがあって、有償サービスを提供するには、この部分にどう貢献できるのかが、シビアに問われる。

 人は自らの体験から多くを学び、人生の糧にする。有償サービスを提供するなら、知識や情報は実は二の次で、どれだけ「有益な体験」を提供・支援できるかが、勝負の分かれ目なのだと思う。

 山田宏哉記

【関連記事】
なぜ、あの人は仕事が遅いのか(2011.12.23)
"就活イベント"のビジネスモデル(2011.12.18)
なぜ、あの人は"お荷物"なのか(2011.12.16)
目の前にある仕事論(2011.12.15)
「強さ、鋭さ、温かさ」のキャリア戦略(2011.12.12)
"消えない汚点"を抱いて生きる(2011.12.10)
「強さ、鋭さ、温かさ」の人材論(2011.12.7)
私の体験的時間術(2011.12.4)
藤本篤志(著)『社畜のススメ』覚書(2011.11.28)
"コミュニケーション能力"の落とし穴(2011.11.27)
長時間労働の落とし穴(2011.11.23)
"前例踏襲"に立ち向かい、"実績"をつくる(2011.11.19)
辛さを美化する愚(2011.11.16)
制約の中の決断(2011.11.13)
山本直人(著)『電通とリクルート』覚書(2011.11.6)
認められる努力は無駄である(2011.11.3)
なぜ、あのマネジャーは部下を潰すのか(2011.11.3)
"顧客への貢献"か、"長幼の序"か(2011.10.29)
評価という試練(2011.10.18)
人間固有の能力、動物としての強さ(2011.10.16)
瀧本哲史(著)『武器としての決断思考』覚書(2011.10.15)
増田不三雄(著)『社内失業』覚書(2011.10.9)
瀧本哲史(著)『僕は君たちに武器を配りたい』覚書(2011.10.5)
会社に頼ること、頼らないこと(2011.9.27)
成果主義と能力主義は違う(2011.9.25)
仕事を作る側、作業をこなす側(2011.9.19)
情報共有の落とし穴(2011.9.6)
なぜ、カリスマ・リーダーは人を育てられないのか(2011.9.4)
日本企業で働く希望 (2011.8.29)
なぜ、真面目な人は成果を出せないのか(2011.7.25)
安宅和人(著)『イシューからはじめよ』覚書(2011.1.1)

Tweet @HiroyaYamadaをフォロー

 2011.12.18 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ